毎日新聞1993(H5)年3月14日(日)

毎日新聞記事
 

学校の外で  塾社会の子供達

「文武両道!? わかんない」
柔道場併設の学習塾

 千葉県松戸市にある学習塾「北辰館スクール」には柔道場が併設されている。小学生から高校生まで約八十人が算数・数学、英語、国語などの授業を受ける一方、約二十人が週一回、柔道を習っている。現代っ子には死語にも近い「文武両道」を看板に掲げる。
 土曜日の午後、初心者のクラスから順次、子供たちが道場に姿を見せ始めた。十二畳ほどの小さな道場だが交代で場所を空け、スムーズに練習が進んでいく。
 昨年十二月から始めたばかりの女子の中学二年生三人は、「柔道着が大きかったみたい」と顔を見合わせて苦笑い。受身の練習もおそるおそるで、畳をたたく音も可愛らしい。二人一組で技の形をつくる練習では、有段者の高校生の指導を受けながら「こうだっけ」と、互いに首をひねる。
 一見、のんびりした雰囲気も、夜になって、経験豊富な中学生、高校生ばかりになると一転する。試合形式の練習など迫力満点だ。まだ寒さが残る夜空に窓が開け放たれているにもかかわらず、汗と熱気でむっとするほどで、一般の柔道場とかわるところがない。
 柔道四段、ここでは館長と呼ばれる塾長の沼田広慶さん(三八)の「今日は中学三年生の合格が決まって最初の練習。お祝いにたっぷり鍛えよう」という、ユーモアあふれる掛け声が学習塾であることを思い出させる。
 塾といえばまず勉強、成績向上を期待する親の声があることは沼田さんも否定しない。「週一回の練習で、目に見えて体力が向上するわけではない。むしろ柔道を通じて精神的に強くなることが、受験勉強に役立つことはあるだろう。子供達にもそう話すし、塾に子供を入れたいとやってくる親にもそう説明している」という。
 柔道は礼を大事にする。きちんと礼、返事をすることから「学ぶ」ことが始まるだけに、その点でも勉強のプラスになるという。
 これこそ「文武両道」なのだが、「文武両道って知ってるかい」と子供たちに尋ねても、ほとんどの子供は首をひねった。
 「全然わかんない」「柔道が楽しいから続けている。勉強ができるようになったかどうかわからない」と屈託がない。
 練習を終えた小学生たちに、この塾に来て柔道を始めた動機を聞いた。「母親、父親にいわれた」が圧倒的。その理由は「なにかスポーツをやってみろ」「体が弱いから」などで、なかには「ダイエットだろ」と仲間から冷やかされる子も。
 最初から柔道と勉強の両方を目的に来る子もいれば、来てみて、柔道もやっていることを知り、始めた子もいる。
 十数年前に沼田さんが「人間教育」を掲げ、自分が柔道から学んだ「文武両道」を伝えようと塾を始めた時は、全員参加を義務づけた。ところが、塾をやめる子が続出し途中から希望制に変更した。以来、全塾生の二、三割が柔道も習う形が続いている。「できるだけ柔道をやってもらいたい」という希望から、柔道の受講料は取らない。
 学校でも柔道部に入り、本格的に柔道に打ち込む子もいるが、指導役の黒帯の高校生は小学生の時からこの塾でこつこつ柔道を続けてきて、段をとった。「学校の体育クラブに入っている友達をみると、毎日午後八時ごろまで練習で学校にいて、家に帰ると疲れて寝るだけ。塾のこのぐらいの練習でもなにもスポーツをしない人よりいいし、スポーツばかりやっている友だちにくらべても、他に自分のやりたいことをやれて良かった」。「文武両道」は理屈ではない。 (小野田正利)

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