館長より、君へ。 2000年 1〜4月

<4月号>

緊張感を与えよ

 大学入試センター試験が2回実施されることになりそうだ。大学入試の改革を検討してきた大学審議会によると、受験生の精神的な重圧を和らげるのが目的だと言う。館長はこの改革案には反対である。大学審議会の委員たちは何か大切なことを忘れてはいないだろうか。そもそも若者を教育する目的は、一体何なのか。一人の人間としての自立を促すことが第一だが、特に公教育にとってさらに大切なことは、この国の繁栄を託するに足るだけの次世代の国民を育てることである。この競争社会の中で生き抜くには強い精神力が必要である。まして一国の繁栄を支えるとなると、個人として生きるだけにはとどまらず、あらゆるストレスを覚悟しなければならない。さらに現代は全地球的規模の大競争時代である。国際社会は激烈な弱肉強食の戦国時代と言っていい。国連だとか、国際協調だとか、国際平和だとか、こんな中身のない幻想的な言葉に騙されてはならない。国際社会からは日々様々な圧力がかかってくるのだ。それは生半可なものではない。学生たちは鍛えられなければならないのだ。学生たち一人一人のためにも、そして国家の繁栄のためにも。教育の場における精神的な訓練は絶対に必要なものである。学生たちに精神的な重圧をかけることを恐れてはいけない。いや、むしろ、場合によっては積極的にあるいは意図的に重圧にさらし、精神を鍛えることが必要なのだ。それに耐えられるような若者をこそ育て上げなければならない。勿論、全員に対してこの精神力を期待するのは無理があろう。個性や能力差を無視する訳にはいかない。しかし、だとしても、目標は目標である。基本的には若者は鍛えられなければならないのだ。この視点を大学審議会の委員たちは忘れているのだ。教育に妥協は禁物である。甘やかしてはならない。精神の弛緩した教育は若者を堕落させるだけではなく、その国を滅ぼすであろう。緊張感を与える教育こそが今、日本には必要なのだ。
 

<3月号>

歴史への招待

 先日、塩野七生(しおのななみ)氏の「ローマ人の物語[」(新潮社)を読み終えた。このシリーズはまだまだ続刊するそうだが、偉大な帝国が何故、分裂し、衰退し、崩壊していったのか。歴史への興味は尽きない。今年は「世界の歴史」(中央公論新社)(全30巻)を読破するつもりだ。今からわくわくしている。最近は、日本の歴史にも新しい光が投げかけられているようだ。西尾幹二氏の「国民の歴史」(産経新聞社)はその意味では推薦したい本である。昨年の秋と今年に入ってからと既に二回繰り返して読んだが、著者の誠実さを感じさせる名著と言ってよいだろう。戦後の偏向した歴史教育や歴史観を鋭く批判しているが、普段歴史など気にかけていない人も、実は、いかにその時代の歴史観に知らず知らずのうちに影響を受けているかがよくわかり、日本の現状を深く認識することができた。勿論、歴史観には様々なものがあって良いし、特定の歴史観にこだわる必要はない。この本の主張するところも一つの考え方として参考にすれば良いだろう。大切なことは、自分の頭で歴史を考えることである。そのためには、まずは基礎的な知識を身につけると共に、様々な立場から書かれた歴史書を読むべきである。その上で自分自身の歴史観を構築することである。それは自分自身の人生を決定することにもなろう。その人の生き方や価値観が問われることになるのだ。是非歴史を勉強して欲しい。味わって欲しい。楽しんで欲しい。そして学んだことを明日からの人生に生かして欲しいものである。人間は未来を見つめながら、時に過去を振り返りつつ、現在を生きる生き物である。諸君には、祖先の歩みの延長線上にある自分を常に自覚して欲しいと思う。これは館長の真摯(しんし)な願いである。
 

<2月号>

オーストリアから日本へ

 先日19日、オーストリアのウィーンで、極右・自由党参加の連立政権に反対する大規模なデモが行なわれた。参加者は15万人にのぼったという。もう半世紀以上も昔になるが、当時のドイツにおいて、ナチスの台頭を支えたのは、第1次大戦後の経済的危機にさらされた産業界と、膨大な数にのぼった失業者である。社会不安は、民主社会に恐るべき破壊をもたらす狂気の温床となる。早目に手を打たねばなるまい。民主社会から全体主義社会まではほんの一歩である。
 今月1日の総務庁の発表によると、1999年の完全失業率は4.7%、完全失業者も317万人と300万人を突破、ともに1953年の調査開始以来最悪の数字となった。この数字が意味するものは重い。民主社会が大衆社会を基盤的中核として動く時、民主社会は政治的危機を常に孕んでいる。大衆への迎合が全体主義への扉を開くのだ。自立した戦略を持てない半国家日本の舵取りは誠に危ういものがある。
 社会の風潮に流されずに何が正しいのかを見極めることは難しいことであるが、国民一人一人にとって、必要なことである。そのためにも学問の力は大切だ。諸君、もっともっと勉強せよ。
 The pen is mightier than the sword.
 ペンは剣よりも強し。
 

<1月号>

年頭所感

 20世紀最後の年が始まった。21世紀まで後1年足らずである。20世紀を生きる人類は、21世紀を生きる人類に、希望あふれる世界を引き渡すことができるのだろうか。20世紀には2度の世界大戦があり、大量の戦死者や犠牲者を出した。核兵器が使用されたことも記憶すべきことである。冷戦が終了したとは言え、民族紛争や宗教対立はとどまるところを知らない。大量の難民が発生し、国際社会の対応の限界を超えている。環境破壊の抑制もままならず、エネルギーや人工・食糧問題も解決策は見えてこない。遺伝子工学やコンピュータ技術など、突出した進歩・発展を示している分野がある反面、社会道徳や家族生活の崩壊が人間社会を新たな危機に陥れている。このままでは地球と人類は本当に危ういのではないか。
 戦後教育の見直しと国家の有様の再検討を迫られている日本ではさらに事情が複雑である。国際社会への現実的な対応を迫られると同時に、敗戦国日本ならではの特殊な事情も考慮しなければならない。阪神大震災はこの国の危機管理体制の甘さを露呈させたが、それは戦後の日本がいかに普通の国家としての体をなしていなかったかを明らかにしてみせた。激烈な国際競争社会の中で、日本の安全と繁栄を守るのは至難のことである。一国平和主義という敗戦を逆手に取ったような利己主義を捨て、日本はようやく国際社会に普通の国家として参入しようとしている。憲法問題は勿論、防衛、教育、福祉、環境、経済と抱える課題は多い。今後の日本と日本人の進路はどうあるべきか。世界は時々刻々と動いている。慎重にして迅速な対応が必要だ。
 次代を背負う青年諸君の英知に期待する。 

バー

HOME   BACK   e−mail