館長より、君へ。 【今月の館長の言葉 1】

毎月発行している北辰タイムズに掲載された「今月の館長の言葉」をここに公開する。1985年9月号が初回であり、2006年6月現在も掲載を続けている。1980年に開塾しているのだが、当初5年間はタイムズの発行はなかった。お知らせ程度のものを配布していただけだった気がする。以下、初回から2006年2月号までのものを一切の修正なしで載せる。今、読み返してみると内容も表現もあまりにも稚拙な文章で恥ずかしいのだが、26歳で独立して塾を開設した当時の自分の覇気が伝わってくるようで今や中高年となった自分をあらためて自ら叱咤激励するために公開を決意した次第である。若気の至りとしかいいようのない駄文が多いが、読者諸氏の忌憚のないご意見ご感想を賜れば望外の幸せである。


1985年(昭和60年)

9月号
「天高く馬肥ゆる秋」―――抜けるような青空の下、果てしなく続く平原には豊かに穀物が実り、人々の一年の汗がまさに報われんとする時、―――だが、古来、中国の農民にとっては決して気を許す楽しい季節ではなかった。北方の地に君臨する精強な騎馬民族キョウ奴の襲来に備えなければならなかったからである。収穫期を迎えた農耕民族から執ように略奪を繰り返す騎馬民族、その蹄(ひづめ)の音こそ農民たちの秋であった。「馬肥ゆる」とは実は北方への警鐘の一句だったのである。時は流れ、時代は変わっても、この言葉の持つ緊張感は生きている。秋を迎えた受験生諸君の健闘を祈りたい。

10月号
 ゴッホ、―――フィンセント・ファン・ゴッホは、1853年3月20日、オランダのブラバント地方に生まれた。店員、教師、伝道師を経て27歳のときから本格的に画家の道を歩む。しかし、彼がその情熱をカンバスにたたきつけたのは、その後37歳でこの世を去るまでの僅か10年に過ぎない。生前は殆ど認められなかった彼も、今日では絵画史上の巨大な道標となり、現代絵画の源流とも評価されるに至った。―――激しさとやさしさと、それは生命力に満ち溢れた世界である。―――国立西洋美術館にて。「忙中の閑」。

11月号
「芋の露連山影を正しうす」(飯田蛇こつ)―――さわやかな秋、その早朝の空気は冷たい。清澄な透明感に身も心も洗われるようだ。眼前に広がる畑の芋の葉には、明け染めた陽光に輝く露が、まだ一面におりている。今日も空が高い。青くどこまでも続く天に向かって、大きく深呼吸しよう。遠く、連山は今くっきりとその稜線を描いている。澄みきった心と充実した英気。―――私の好きな句の一つである。入試直前に迫った受験生諸君に贈りたい。

12月号
「大本営発表、帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において、米海軍と戦闘状態に入れり」―――昭和16年12月8日、帝国連合艦隊機動部隊はハワイの真珠湾を攻撃、日本は太平洋戦争に突入した。祖国の為とは言え、ここに幾多の尊い人命が失われたのである。諸君にお願いがある。時には歴史を振り返ってほしい。ペンを剣に変えなければならなかった若者たちのことを、そして、今、学べることの幸せを深く感じてほしいのだ。英霊のためにも、諸君自身のためにも。―――良い年を迎えられんことを。

1986年(昭和61年)
1月号
「北辰(北極星)は不動心の象徴なり。」―――受験生諸君にとって入試は人生の一大事だ。緊張するのも無理はない。不安と焦りで眠れない日もあるのではないか。しかし、北辰館の生徒諸君にとっては、不安も焦りも無用である。まず思い出すことだ。まず信じることだ。沼田館長の下で最善にして完全な準備をしてきたではないか。平常クラスでの授業は勿論のこと、春・夏・冬の各講習会や夏季と正月の猛烈特訓合宿にも耐えてきたではないか。用意万端整ったのだ。もはや合格に向かって突進するのみである。心配することなかれ。恐れることなかれ。ひるむことなかれ。己の力を信じ、平常心を忘れず、不動の心をもって入試に臨んでもらいたい。諸君の健闘を祈る。

2月号
 先月29日未明、スペースシャトル「チャレンジャー」は発射直後に空中爆発を起こし、搭乗員の全員が死亡した。全世界の市民が注目する中で起こったこの惨事は、各方面に深刻な影響を及ぼした。しかし、宇宙への人類の夢はこれで消え去った訳ではない。亡くなられた七人の勇敢な乗務員に心から哀悼の意を表しつつも、
我々はさらに大きな勇気をもって未来に前進しなければいけない。七人の遺志もまさにそこにあるはずだ。チャレンジ精神は永遠に不滅である。21世紀の地球を支える諸君に期待する。

3月号
 先月26日、フィリピンに新しい大統領が誕生した。コラソン・アキノ氏である。世界中の多くの市民が、茶の間のテレビを通じて、歴史的な政権交代を目の当たりにした。確かに世界は動いている。歴史に新しい一ページを書き加えるのは国民一人一人である。21世紀を担う生徒諸君。世界に目を向けたまえ。ある者は飢餓に苦しみ、ある者は砂漠の戦場を駆け、ある者は土の中に汗を流し、さらにある者は高層ビルのコンピューターに囲まれ最先端技術の開発に余念がない。地球は回る。新しい時代は諸君が築くのだ。

4月号
 一体、死んでどうなるというのだ。―――若者の自殺があとをたたない。なんともやり切れぬ思いだ。諸君には未来があるのだ。諸君の命は何ものにもかえがたいのだ。どうか強くたくましく生きてほしい。山本有三の小説「路傍の石」の一節を次に載せる。読んでほしい。
「―――愛川、お前は自分の名前を考えたことがあるか。―――吾一というのはね、われはひとつなり、われはこの世にひとりしかいないという意味だ。世界に、なん億人の人間がいるかもしれないが、おまえというものは、いいかい、愛川。愛川吾一というものは、世界中に、たったひとりしかいないんだ。―――それだのに、あんなばかなまねをやってどうするのだ。よく世間では、この次ぎ生まれ変わってきた時には、なんていうけれども、人間は一度死んでしまったら、それっきりだ。愛川吾一ってものがひとりしかいないように、一生ってものも、一度しかないのだぜ。―――これからのものは、何よりも生きなくってはいけない。自分自身を生かさなくってはいけない。たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうにかがやかしださなかったら、人間、うまれてきたかいがないじゃないか。」

5月号
 先日、所用でアメリカに行った。ロサンゼルスからセスナ機をチャーターしてグランドキャニオンに飛ぶ。長さ400キロ、幅6〜30キロ、深さ1600メートルの巨大な峡谷が眼下に広がった。過去1000万年に及ぶ隆起とコロラド川の浸食によって造り出された自然の壮大な美しさ。その峡谷の壁には数十億年の地球の歴史が刻みつけられている。筆舌に尽くし難く、その雄大さはまさに感動的であった。―――自然は大きく、また美しい。人の心もそうありたいものである。

6月号
 今月16日、南アフリカ共和国では、非常事態宣言の下、治安当局が厳重警戒態勢をとる中、都市黒人層はアパルトヘイトに抗議する空前規模のストに突入した。アパルトヘイト―――今日の人間社会の中でもっとも恥ずべきこの人種差別政策こそは、何としても撲滅せねばならない全人類共通の課題であろう。日本国憲法第14条も「すべての国民は、法の下に平等であって、人種・信条・性別・社会的身分又は門地により、政治的・経済的又は社会的関係において、差別されない。」とうたっている。諸君が社会の第一線で活躍する21世紀には、この地球上から人種差別が根絶されていることを祈りたい。―――紫陽花(あじさい)の豊かな色彩に見とれつつも、同じ有色人種の一人として、南アの苦悩を思わずにはいられなかった。(鎌倉は明月院にて)

7月号
 1984年2月13日、アラスカのマッキンレーに単独登頂した一人の男が、その直後に消息を絶った。植村直己である。エベレストをはじめ五大陸の最高峰単独登頂に成功し、さらに北極圏12000キロ単独犬ゾリ踏破など、その偉業は世界最高の冒険家としての不動の地位を築かしめた。だが、彼は決して最初から超一流の登山家でも冒険家でもなかった。明治大学山岳部時代にはオチコボレのきわめて平凡な人間であった。しかし、その超人的努力と激しい闘志によって、この快挙を成し遂げたのである。我々も彼の勇気と努力に学ぼうではないか。
                                        ―――映画「植村直己物語」を観て―――

8月号
 夏が来ると、今年もまた思いを巡らしてしまう。昭和20年8月15日。私の父は学徒動員の東京の鋳物工場の中で、母も同じく横浜の乾パン工場の中で、玉音放送を聞いた。暑い暑い日だったという。そして、焼け跡の瓦れきの中で父も母も必死で働く毎日が続いた。―――あれから41年。―――先日、父と所用で東京へ行った。隅田川のほとりで父は足を止めた。そして目をつぶったまま語ってくれた。昭和20年3月10日の東京大空襲の翌日、死体が累々と山をなしていた光景を父はいまだに忘れてはいない。戦争は大いなる悲劇である。平和な社会に学べる喜びと幸せを我々はかみしめなくてはなるまい。祖国のために亡くなった多くの尊い御霊(みたま)のためにも。                           ―――合掌―――

9月号
 先日、鹿島神宮と香取神宮に参拝した。鹿島には鹿島新当流が、香取には天真正伝香取神道流が伝わっており、両神宮とも武道の神として古来から広く信仰されている。文武両道を目指す館長としては当然の参拝ではあったが、森閑とした境内に立つうちに自然と精神の緊張を覚え、厳しい修行に命をかけた武士たちの息づかいが聞こえてくるようであった。受験勉強も真剣勝負である。いかなる難問も一刀の下に切り伏せる覚悟で頑張ってもらいたい。時はまさに勉学の秋である。

10月号
 アジア大会を見た。すさまじいばかりの韓国パワーである。特に柔道では日本はわずか2階級を制覇したのみ、あとはすべて韓国勢に敗れた。北朝鮮と国境を接し、常に政治的軍事的緊張の中にある韓国、経済的にも技術的にも日本に追いつき追いこせの総国民一丸となった国民運動を展開している韓国、その迫力はまさに圧倒的である。スポーツを通して全世界に韓国の国力を示した大会と言えるのではないか。勿論、日本も健闘した
。しかし、いまひとつ、闘志に欠けるところがあったのではないか。国情の差もあるかもしれない。しかし、それは言うべきではない。スポーツのルールは平等だ。要は「やる気」である。これは学問の世界にも通用する大原則だ。韓国選手の闘志に我々も素直に学ぼうではないか。

11月号
 灯火親しむ季節となった。映画・テレビといった視覚メディア全盛の時代にあっても、書を読む楽しみは格別である。時の流れを越え、空間の隔たりを越えて、見知らぬ人の生き様に出会い、かと思えば、未知の冒険へ胸を躍らせる。読書には常に想像の楽しさが、思索の面白さがある。人類のすべての文化活動を支えている主体的創造力の源は、まさに読書であるといってよい。北辰館文庫の活用を願うものである。

12月号
 元禄15年12月14日、大石内蔵助以下47名の赤穂浪士は、吉良邸を襲撃、吉良上野介を討ち取り、その本懐を遂げた。主君浅野内匠頭の遺志の貫徹と不正な裁きを行った幕府に対する挑戦であった。幕府も今度は正当な裁きを行い、浪士たちの苦労はここに報われたのである。―――1つの目的に向かってまい進する炎は美しいものだ。人の一生は1度しかない。その人生の真っ只中に諸君たちはいるのだ。しかも1つの目的の実現を目指して。―――今年もあと数日。良い年を迎えられんことを。

1987年(昭和62年)
1月号
 マッタホーン、山男にとっては一度は登ってみたいと思う山である。スイスの南西部に位置するこの山は、標高4478m、天を突き刺すようにそそり立つ、雪と氷におおわれた峻険な岩壁は、仰ぎ見る我々の目に自然の厳しさをいやがうえにも見せつけてやまない。しかし、それでも人はこの山に登る。いかにその道が険しかろうと、いかに苦しかろうと、一歩一歩自分自身の足で、己の体力と気力と知力の限りを尽くして、ひたすら登り続ける。この過程こそが尊いのだ。はるかなる頂を目指し、一歩一歩歩き続ける。まさに人生の醍醐味がここにある。一年の計は元旦に有り。諸君の目は、いかなる頂を見詰めているのであろうか。今年も頑張ろう。  

2月号
 先日、大学以来の親友である神官石山君の送別会に出席した。彼は家代々の神官であり、初代は遠く江戸時代初期までもさかのぼると言われている家柄である。我が北辰館スクールの設立や柔道場の神棚神事の際にお払いをしていただいたこともあり、私としてはまことに大事な友人である。彼は4月から木曽の御嶽神社の神官として栄転することになり、この度の送別の宴になった次第だが、一層の御活躍を心から祈りたい。―――合格を決めた受験生諸君もこの春から新しい生活が待っている。新たな希望を持って頑張ってもらいたい。合格本当におめでとう。

3月号
 水戸を離れて東へ三里―――民謡磯節で有名な大洗海岸へ行った。再来年の合宿地物色のためである。太平洋の荒波が岩場に直接砕け散る勇壮な風景には、いつまで見ていても見飽きさせない何かがある。この繰り返し寄せる波は、その営みを数十億年の太古より続けているのだ。この波こそは、大自然のエネルギーを象徴しているかのようだ。我々人間もこの自然の中に生きている生命体である。いや自然の一部といってもいい。だからこそ、自然の持っている無限のエネルギーを吸収して、大きく成長すべきであろう。今年も新年度の授業が始まった。諸君の大きな成長を楽しみにしている。

4月号
 受験は戦いである。多くのライバルたちとの競争でもあり、自分自身との戦いでもある。弱音を吐いた者は必ず負ける。最後まで頑張り通した者にのみ勝利の女神は微笑むのだ。辛いこともあるだろうが、それを踏み越えてこそ、人間は鍛えられるのだ。江戸時代の享保・寛政・天保の三大改革と並んで有名な正徳の治を行った学者新井白石は、少年のころ毎日、昼三千字、夜一千字を書いて勉強し、眠くなると井戸端で頭から水をかぶって眠気を覚ましたという。時代は変わっても学問の厳しさは変わらない。諸君の健闘を心から祈るものである。

5月号
 先日、西南の役(1877年)の西郷軍に関する資料を調べていたところ、戦死した青年たちの傍らには英語の単語帳が散乱していたという話を見つけ、思わず感涙を禁じえなかった。戦陣の中にあっても文字通り必死になって勉強を続けていたであろう若者の姿が彷彿(ほうふつ)とし、彼らの一挙の是非はともかく、その真摯(しんし)な態度に感動した次第である。北辰館の諸君も負けずに頑張ってもらいたい。

6月号
 大マゼラン星雲に現れた超新星の光が今地球に届いている。数百万光年、いや百数十億光年といわれる大宇宙の地平線には一体何があるのだろうか。人類にとっては永遠の課題だろう。この小さな惑星の中で営み続ける人間の存在は余りにも小さく、だからこそ余りにも尊い。共同通信の報道によると、今月21日未明、イラン軍は北部戦線でイラク軍将兵2千人を殺傷したとある。マゼランからの光は、宇宙の中に地球をどう照らし続けているのだろうか。

7月号
 司馬遼太郎著「坂の上の雲」を読んでいる。明治新国家の建設に燃える若人たちの青春、それは日清・日露という、日本が始めて経験した本格的近代戦争と無縁ではなかった。いやそれどころか、富国強兵・殖産興業のスローガンの下に欧米列強に対して対等関係を結ぼうとする開国日本にとっては、必然的な歴史の流れと言ってもいい。凄惨な戦場の中に青春を燃やした若者たちは悲壮ではあるが、その生活態度は壮烈と言ってよいほどの忍耐と努力の毎日である。歴史的奔流の中に身を置いたからとも言えようが、しかし、彼らの精進こそが日本の近代化を大きく進展させたことを思うと、今さらながら次代を背負う青少年の教育に携わる我が身の責任を思わずにはいられない。今年の夏も、お互いに頑張ろう。

8月号
 かれこれ7,8年前になるだろうか、一人で富士に登ったことがある。富士吉田の駅から歩き始め、一合目、二合目と吉田口登山道を黙々と登った。7月末だったと思うが、他にこの道を歩く者は一人もおらず、静かな山歩きを満喫することができた。3776mの山頂からの眺めは雄大そのものであり、雲海の果てに拝んだ旭日のすばらしさは今も忘れない。一歩一歩大地を踏みしめていく登山の醍醐味がそこにある。学問の道も同様であろう。勉学の秋ももう間近。一歩一歩確実に頑張ってもらいたい。

9月号
 先日、河原塚中学の体育祭を見に行った。秋空の下、若者たちの躍動感あふれる姿は快かったが、中には不真面目に走っている者もおり考えさせられた。フランスのクーベルタンが主唱した第1回オリンピック大会は1896年にギリシアの首都アテネで開催されたが、クーベルタンは「参加することに意義がある」と述べると共に、「正々堂々と全力を尽くして戦うことが大切である」と語っている。何事もやる以上は一生懸命にやることが大切だ。それでこそ心身も鍛錬され、汗を流した後の満足感も得られるのだ。体育祭の「祭」の字から、面白おかしく遊べばよいという考えを持っている生徒もいるかもしれないが、それは明らかに間違いだ。物事にはけじめが大切である。その意味でも体育祭より運動会の名称のほうがぴったりとすると思うのだが、どうであろうか。これは決して年齢のせいだとは思いたくないが。スポーツに全力を尽くせぬ者が勉強に全力を尽くせるはずがない。文武両道はいつの時代も変わらない。館長はそう信じている。

10月号
 ニューヨークの株式市場が大暴落した。史上空前である。1929(昭和4)年の世界恐慌が思い出される。経済は生きている。世界はめまぐるしく動いているのだ。ペルシア湾の緊張は、いまだに続いている。21世紀の世界を動かす諸君には、真の国際人としての能力がいっそう求められるだろう。語学は勿論、科学・芸術・社会・歴史・経済、さらには自国の文化などに関する幅広い視野が必要だ。今のうちにしっかり土台を築いておこう。

11月号
 11月22日(日)、塾全協塾長全国研修大会が静岡県三島で開催され、館長も一塾長として参加、文部省国立教育研究所第3研究室長 結城忠氏の基調講演や、NHK解説委員 理原明氏との意見交換を中心に、全国から集まった200名に及ぶ塾長と進学問題やこれからの塾のあり方、さらには今後の学校教育などについて幅広い討論を展開した。現代日本の教育界において民間教育機関である塾の使命はますます重くなる一方である。館長自身の一層の努力を改めて決意させられた一日であった。また、塾全協では誇大広告などを禁止する通産省後援による「優良塾育成自主規制規約」の推進運動に積極的に参加しており、生徒諸君の一層の御理解と御協力を心から願うものである。

12月号
 昭和16年12月8日のあの運命的真珠湾攻撃から46年を経た12月9日未明、米ソ首脳は「中短距離核戦力(INF)廃棄条約」に調印した。軍縮史上に残る第一歩といってよいだろう。勿論、地球人類に重くのしかかっている核の脅威が依然続いていることは確かである。しかし、より平和な21世紀を建設するための礎石の1つとして評価すべきであろう。この事業を受け継いでいくのは諸君である。諸君は自分たちが日本国民であると同時に、宇宙船地球号の一員であることを決して忘れてはならない。諸君には真の国際的日本人になってほしいと思う。そのためには語学は勿論、豊かな学問を身につけなければならない。心も体も鍛えなければならない。頑張れ、北辰館の諸君。―――良い年を迎えられんことを。

1988年(昭和63年)
1月号
 新年おめでとう。1988年はいかなる年になるであろうか。1年の計は元旦にあるという。諸君はどんな計画を立てたであろうか。NHK大河ドラマ「武田信玄」が始まった。信玄は、沈着にして剛胆、さらに深慮遠謀の大人物であったという。目先のことにとらわれず、常に先の先を見て動く。そこに人生の本当の醍醐味があるのではないだろうか。塾生の諸君、大志を抱きたまえ。大きな大きな大志を。そしてそのための一歩を踏み出したまえ。はるかな頂を目指して。今年も頑張ろう。  

2月号
 合格、合格、合格と、続々とうれしい知らせが届いている。今年も、公立私立をあわせて第一志望の合格率は95%以上をマークすることは、ほぼ確実であろう。受験生諸君の努力が報われる時だ。本当に心からおめでとうと言いたい。「鉄は熱いうちに打て」という。「若いときの苦労は買ってでもしろ」という。そうなのだ。諸君は鍛えられなければいけない。鍛えられてこそ一人前に育っていくのだ。受験勉強が乗り越えられなくて、どうして社会の荒波を渡ることができようか。これからも私は諸君を鍛えるだろう。試練を与えるだろう。諸君が立派な人間になるように。どうか、この館長を踏み台にしてより大きくより高く飛躍してもらいたい。明日の時代は諸君が築くのだ。

3月号
 公立合格率100%は本当に立派なことだと思う。私立にしても97%、第一志望の合格率も96%と、すばらしい成績である。しかも内容的に見ても、偏差値65以上のハイレベル校への合格は勿論、ほとんどの者が偏差値を10以上もアップさせており、中には20も向上させた者もいるなど、文句のつけようがない。これも受験生諸君の努力の賜物だと思う。特に昨年12月以降の直前3ヶ月で偏差値を急上昇させて第一志望校への合格を果たした者が何人もいるが、その奮闘にはまことに頭が下がる思いである。後輩諸君も是非後に続いてもらいたい。北辰館の生徒は本当に良い生徒たちばかりである。何よりもガッツがあるのが頼もしい。これからの諸君の一層の飛躍を願ってやまない。

4月号
 先日、塾全協の会合の際、秋田県で塾を開いている塾長と懇談した。進学熱の高まりは東北地方にも予想以上に及んでおり、県下、特に都市部の小・中・高生の通塾率は増加する一方だという。東京を中心とする首都圏下の生徒に負けるなとばかり、夜遅くまで勉強していく生徒が多く、その熱意には圧倒されそうだと話していた。今、地方の教育熱は高い。こうした各地の若者が明日の日本を築いていくのだ。我が北辰館も頑張ろうではないか。諸君の健闘を期待する。
  
5月号
 テレビでも報道されたが、先日20日(金)、「千葉学習塾協同組合」の発会式が、千葉県庁近くの教育会館で開催され、館長も、県に正式に認可された35塾の塾長の一人としてこれに出席した。会場には、東海大浦安高の工藤校長、芝浦工大柏の森校長、国府台女子学院の麻生副学院長など、千葉県下の主要な学校のほとんどが、またさらに東京からも、海城高校の奥山校長をはじめ多数の学校関係者が出席され、学校と塾との相互の信頼関係を再確認し、お互いの協力を約束した。館長も多くの校長先生や塾長との懇談を通じ、地域社会に密着した教育に全力を尽くそうと決意を新たにした次第である。館長も頑張るぞ。
6月号
 汗と涙の青春―――使い古された表現だが、中学・高校の柔道部時代を思い出すとき、やはりこの言葉がぴったりと生きてくる。練習でぐっしょりと汗をかいた後の冷たいジュースのうまさ、試合に負けて悔し涙でぬれた友の顔・・・。部活のすばらしさは今も昔も変わらない。しかし、昨今の部活時間は少し問題があるのではないか。朝練は勿論、夜の7時、8時までの練習は、やはり過ぎたるは及ばざるがごとしの感がある。文武両道と言われるように、勉学とスポ−ツは両立させてこそ意味があるのだ。学校関係者の反省を促したい。

7月号
 7月5日(火)に専修大松戸高校及び二松学舎高等学校の校長先生と懇談し、今春行われた入試に関する様々な情報や意見の交換を行った。来年度の全員合格へ向かって、館長の学校回りの第一歩が始まった訳である。これは、そのときの話だが、校長先生たちが入学してほしいと思う生徒は、やはり活力のある生徒、つまり勉強やスポーツに全力を尽くして頑張るタイプが理想とのことであった。館長も同感である。諸君の健闘を期待する。

8月号
 先日、映画「敦煌」を観た。井上靖の原作を読んだのは中学生の頃だから、かなり前のことだが、それでも当時の興奮は今でも覚えている。映画の迫力は申し分なかったが、本を読んで想像する世界もまた格別だ。読書の楽しみは、読んでみなければわからない。この夏、何か1冊、読んでみようではないか。館長は、講習会の前に、西洋史概説(東京大学出版会)、東洋史概説、西洋史概説(以上有斐閣)の3冊の歴史書を読んだ。数千年に渡る人類の歩みが、映画以上の迫力をもって、今に生きる我々自身の生き様に挑戦してくるようであった。読書の醍醐味がそこにある。

9月号
 天皇陛下の御容態が気にかかる。生徒諸君と同様、戦後の平和で自由な経済社会日本に育ってきた館長にとって、天皇の存在は日常決して身近なものではない。しかしさすがに今回の報に接した時は、天皇の歩みを思わずにはいられなかった。天皇はまさに昭和史の象徴である。関東大震災による打撃を克服しつつあった日本に襲いかかった世界恐慌の波、そして軍部の台頭に始まる大東亜戦争の長く苦しい道と、戦後の驚異的経済復興時代・・・。全国巡幸と平和親善外交の際に見せた人間的暖かみは誰も忘れることはできないだろう。心からのお見舞いを申し上げたい。―――それにしても不調なオリンピック日本勢はどうしたのか!陛下のためにもガンバレ日本!

10月号
 第3教室と柔道場が完成した。特に常設道場は館長の十年来の夢であり、感無量といったところである。柔道のメッカ講道館も明治の解説時には十二畳の狭さであったと伝えられるが、そのときの初代加納師範の喜びが、何となくわかるような気がする。北辰館からは何人の西郷四郎(姿三四郎のモデルになった人)が輩出するだろうか。ますます楽しみになったこの頃である。文武両道の精神でこれからも頑張りたい。勉学の秋も今盛りである。

11月号
 先日、久し振りで御茶ノ水から神田の書店街に足を伸ばした。木枯らしの吹く夕刻であったが、どの書店もかなりの賑わいを見せていた。特に学習書コーナーでは入試を間近に控えた受験生たちが真剣な表情で問題集を手にとっていた。冬の到来と共に、入試はいよいよ本番直前を迎える。最後の追い込みである。この時期はまさに気力の問題だ。気力を持続できた者だけが勝利の栄冠を手にするのだ。北辰館柔道場に掲げられている「五省」の中の1ヶ条をここに示したい。「気力に欠くるなかりしか」。

12月号
 年末恒例となったテレビの時代劇。今年は「五稜郭」だ。徳川幕府の海軍副総裁の榎本武揚を主人公にした歴史ドラマだが、幕末の動乱に生きた若者たちの熱い生き様に心打たれるのは、館長だけではあるまい。北辰館の諸君にも是非見てもらいたい番組だ。情熱を燃やすとはどんなことなのか。信念を貫くとはいかなることか。諸君の感想を待っている。良い年を迎えられんことを。

1989年(平成元年)
2月号
「ゆたかなる みのりつづけと 田人らも 神にいのらむ 年をむかへて」―――昭和18年の天皇御製である。前年のミッドウェー海戦における海軍機動部隊の壊滅、さらにこの年2月のガダルカナルの日本軍撤退、5月のアッツ島玉砕と、戦局は敗戦への道をたどり始め、食料増産が叫ばれた頃であった。そして、戦後の復興期と、まさに激動の歴史を歩まれた昭和天皇が、7日、87歳の生涯を閉じられた。ここに、謹んで崩御をいたみ、心からご冥福をお祈り申し上げたい。新元号「平成」は、「内平らかに外成る」(史記)、「地平らかに天成る」(書経)という文言からの引用であり、国の内外における平和達成の願いが込められている。新時代の幕開けを迎え、気分も新たに希望を持って頑張りたい。21世紀まであとわずか。技術革新の波はさらに大きなうねりとなって、全地球規模の高度情報化社会を築こうとしている。一方、大気汚染をはじめとする環境破壊は、オゾン層をも破壊し始め、二酸化炭素の増加による温室効果とあいまって、人類の生存そのものさえおびやかそうとしている。勿論、戦火は今だに消えてはいない。核兵器は更に宇宙のレーザー兵器へと、軍拡競争はとどまるところを知らない。世界は、山積する問題をいかに解決していくであろうか。そして国際化社会の中における日本は、いや日本人の一人一人は、どう生きねばならないのだろうか。諸君が今何を学び、何を望んでいるのか。それが、これからの世界の進む方向を決定するのだ。1月20日、アメリカのブッシュ大統領は、その就任演説の中で、「私は未来を疑ったりしない。前途に待ち構えるものを恐れたりもしない。我々の抱える問題は大きくとも、我々の心の方がこれを上回るからだ。」と述べている。この言葉に、諸君はどう応えるだろうか。北辰館の諸君、どうか明日を築く気概を持って、日々の勉学に、心身の鍛錬に、打ち込んでもらいたい。今年も諸君の活躍を祈っている。

3月号
 私立高校の入試が終了したが、今年も95%以上の合格率を出し、第一志望校への合格率も、ほぼ100%といってよい成果をあげた。3年生諸君の努力を高く評価すると共に、心からのお祝いを申し上げたい。特にハイレベルの、専修大松戸、独協大埼玉、和洋女子国府台、さらに全寮制で入りにくいとされた麗澤への合格を決めたことは、後輩への良い刺激となろう。来年度以降は単願推薦の基準がますます高くなることが予想され、入試も一層厳しいものとなろう。しかし恐れることなかれ。努力する者は必ず報われる。北辰館は常に合格と共にある。後輩諸君の健闘を祈る。

4月号
「ラスト・エンペラー」という映画を見た。清朝最後の皇帝「溥儀(ふぎ)」の数奇な一生を描いたものである。清朝末期の混乱の中に生を受け、辛亥革命から中華民国と満州国の成立、そして日中戦争、さらには中華人民共和国の誕生へと、激動の歴史を生きた男の生き様は時に壮麗で、時に哀しく、深い感動を与えた。映画のラスト近く、主人公が、昔住んでいた宮殿を訪れるシーンがある。時の流れが重くのしかかるかと思えた瞬間、主人公の枯れた笑顔に救われた。歴史は確かに人の人生を左右するかもしれない。しかし、その中でも自分の行くべき道を見失うことなく、生き抜きたいと思う。難しいことなのだろうが・・・。諸君は主人公の最後の笑顔に何を感じただろうか。感想を聞きたいものである。
  
5月号
 5月9日(土)に芝浦工大柏高校の森校長と対談した。予想をはるかにオーバーして2時間近くにわたっていろいろと意見を交換してきた。最近の若者には覇気がないと森校長はなげいておられた。今日のように、平和で豊かな日本において、ギラギラした野心を若者に求めるのは難しいかもしれない。いやそれどころか、かえって敬遠されることもあるだろう。組織化された社会の中では、おとなしく従順な人間の方が都合のよい場合もあるのだ。しかし、それでよいのだろうか。人間の社会は常に生きて動いているものだ。組織化されればされるほど、組織を離れた自由な発想や思い切った行動が必要とされるはずだ。それがなければ社会は停滞し、よどんでしまう。青年は野心家ぐらいがちょうどよいのだ。大きな夢と大きな志を持って社会に突き進んでもらいたい。そしてそのためにも、日々の勉強は忘れないように。諸君は今、社会人として活動するための基礎固めをしているのだから。

6月号
 天安門広場の殺戮は、世界中の民主社会に衝撃を与えると共に、中華人民共和国の実態をさらけだした。計画経済の行き詰まりにより、経済政策の転換を迫られている社会主義中国は、ここにおいて、政治的にも新たな難題を抱えこむことになったのである。中国が自由な民主社会へ脱皮するのは、一体いつのことだろうか。銃火によって沈黙させられた一般市民の血の叫びを我々は絶対に忘れてはならない。今日の日本のように、自由に物が言えて自由に学べる社会は、決して当たり前ではないのだ。諸君はこの事件に、何を感じ何を考えたであろうか。もし一片の憤りさえ感じない者がいたとしたら、それは北辰館の生徒とは言えない。いや、人間としての恥を知るべきであろう。

7月号
 伊東沖で海底火山が爆発した。太平洋プレートの西の端に位置するマグマが活動を開始したのだ。ここはいわゆる富士火山帯地域である。今後の地震予知の情報には十分の注意が必要である。もし第2の関東大震災が襲えば、その被害の規模は大正時代をはるかに上回るものになろう。東京は壊滅状態になるかもしれないのだ。ここ松戸市も市街ではかなりの被害が予想される。個人でできる対策は十二分にしておかなければならない。備えあれば憂いなし。諸君の受験も同じだ。今年の夏に期待する。

8月号
 科学技術庁海洋技術センターの新しい潜水調査船「しんかい6500」が、今月の12日、6527mの潜航記録を宮城県沖の日本海溝で達成した。現役の潜水船としては世界一の性能である。地震の調査研究を主要な目的として使用される予定だが、その活躍を期待すると共に、今さらながら海の神秘性を感じた。人類にとって深海底はまだまだ未知の世界である。人類の挑戦はこれからも続くのだろう。次代の文明を築くために。そして諸君の挑戦も、明日の人生を切り開くために、続けられなければならない。受験勉強、それは挑戦の世界である。
  
9月号
 モンゴル帝国を築いた英雄ジンギス=カン、彼の墓を探す科学調査が行われようとしている。モンゴル軍の残虐性は史上名高い。その通過したあとは、虫一匹も生存を許さなかったと言われている程だ。遠くヨーロッパ民族をも震撼(しんかん)とさせたジンギス=カンは、今、どこに眠っているのか。中央アジアの大草原を駆け回った恐るべき英雄は何を見て、何を望んだのだろうか。彼にも見果てぬ夢があったのだろうか。いや、あったに違いない。野望に果てはなかったであろう。歴史の面白さは登場人物たちの夢にある。何を夢見て、それをどう実現していったのか。その過程が我々の共感を呼び、わくわくさせるのだ。今に生きる我々も大きな夢を持って、それを一歩一歩実現していくことに人生の醍醐味を見出すべきだ。勿論、失敗も挫折もあるだろう。しかし、それが人生なのだ。人間社会なのだ。何でもうまくいく訳ではない。問題はそれをどう受け止めるかだ。それをどう乗り越えていくかだ。自分の夢を決して単なる夢で終わらせてはならない。前進あるのみだ。諸君は諸君の背中に英雄ジンギス=カンの視線を感じないか。彼の叱咤激励する声が聞こえないか。時を越え空間を越えて、彼の生き方と対決してみようではないか。

10月号
 イタリアのルネッサンス期におけるフィレンツェ存亡の歴史を読んだ。レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロといった芸術家の活躍した時代は、いかにも平和な時代と思いきや、さにあらず、砲声の絶えることのない内乱と戦乱の時代でもあった。面白かった。思わぬ歴史の側面を知って、改めて歴史を学ぶ楽しさを味わった。館長はそして今、さらに2冊の本に夢中になっている。1冊はウォルター・ラカーの「ドイツ青年運動」。ワンダーフォーゲルの歴史的意義を論じた本だが、ヨーロッパにそして世界中に影響を与えた運動の実態は実に興味深いものがあり、青少年を指導する立場にある館長としては、一頁一頁が勉強になる。もう1冊は、梅原猛の「法隆寺論」である。聖徳太子と藤原氏一族の関係を説いた本だが、推理小説を読む以上の面白さがある。読書の秋は今盛りである。本を読もう。まず1冊手近なものから読んでみようではないか。新しい世界が開かれることを館長は保証する。

11月号
 ベルリンの壁が崩壊した。第2次世界大戦後のヨーロッパ社会における、これは大きな転機といってよい。いや、ヨーロッパに限らず、東西対立を1つの軸として展開してきた戦後の国際社会に与える影響はきわめて甚大なものがあるだろう。社会主義経済の崩壊は誰の目にももはや明らかであるが、世界の二大経済陣営が今後、どのようにして融合し発展していくのか。まだまだ予断を許さないところであろう。それでなくても地球は今、多くの問題を抱えこんでいる。南北諸国間の経済的格差や核兵器問題は勿論、ヨーロッパ共同体や東南アジアにおける新しい経済圏の発展と日本経済との摩擦、そして二酸化炭素濃度上昇による温室化効果など、枚挙にいとまがないほどだ。―――受験生諸君、そしてすべての学生諸君、ベルリンの壁は遠い所の話だなどとは夢にも思うなかれ。諸君はまぎれもなく国際人なのだ。誰であろうと、国際社会から隔絶して生きていくことはできないのだ。地球的視野を持って生き給え。日々の勉強も、部活も、受験勉強も、それでこそ本当に意義深いものになるのだ。

12月号
 北京、ベルリン、そしてルーマニア、パナマと激動の中に今年も暮れようとしている。昭和から平成へと改元されてはや1年。今年は諸君にとっていかなる年であったろうか。今、この原稿を書いている時、テレビのニュースはルーマニア政権の崩壊を告げた。東ヨーロッパにおける共産党独裁政治が、自由と民主化を求める国際的潮流の前に次々と崩れ去ろうとしている。社会主義計画経済の破綻(はたん)は、とうとう行き着く所まで行った感がある。自由を獲得するためにいかに多くの血が流されたことだろうか。彼らの死を無駄にすることなく、我々も世界市民の一員として、自由と民主社会を守り続けなければならないであろう。よい年を迎えられんことを。

1990年(平成2年)
1月号
 今年は北辰館スクール設立10周年である。しかし、過去を懐かしんでいる暇はない。語りたい思い出もあるが、自己満足になってはなるまい。前進あるのみだ。今年は教室と事務所の拡張工事が行われる。パソコン学習の導入も決定した。教室は少人数クラス用の2部屋分が増設され、中学の各学年が、念願の学力別3クラス制になる。今まで以上に学習の質の向上を目指す覚悟である。そのためにも定員制をより明確に打ち出したいとも思っている。中間・期末対策にもより一層の力を入れなければならない。やるべきことは山ほどある。反省すべきは謙虚に反省し、実行すべきことは断固として実行しなければならない。10周年を期に、能楽の大成者世阿弥の「初心忘るべからず」を自戒の一句として、気分も新たに頑張りたい。生徒諸君も館長に負けないように努力してほしい。今年一年の諸君の活躍を祈るものである。

2月号
 先月の2月23日(金)、千葉日大第一高等学校及び中学校の佐藤校長との昼食会に出席し、親しく膝を交えて懇談した。日本大学の前身日本法律学校の創設者は、明治初年の戊辰戦争の時、北海道五稜郭を陥落させた官軍攻城攻撃部隊の山田指揮官その人であったと、佐藤氏が話を始めた。幕末維新の青年群像に話題が発展し、沼田館長が水戸の弘道館や長州の松下村塾を範として文武両道の北辰館を設立した旨を説明すると、非常に関心を示され話が弾んだ。要は志を立て、その目標に向かって邁進する若者の多く現れることを願ってやまないということであった。諸君の人生の目標はいかなるものであろうか。楽しみである。

3月号
 北辰館の若い講師は、実によく勉強する。塾の講師としての予習等は勿論だが、大学の勉強にも意欲的だ。法学部、経済学部、文学部、薬学部、それに情報工学といった多彩な顔ぶれが集まっており、実に楽しい雰囲気だ。事務所では、時にコーヒー片手に法律論が飛び交うかと思えば、古代への歴史ロマンの花が咲き、また一方ではコンピューターに没頭しているものもおり、若い頭脳に満ち溢れている。英語は全員の共通語といっていいが、最近はドイツ語、フランス語、それに中国語まで加わっていやはやにぎやかである。よく遊びよく学べは館長のモットーでもあるが、彼ら講師陣も実に青春を謳歌している感じだ。北辰館の講師陣を見ていると、日本の将来にも希望が見えてくる。ほとんどが館長の教え子なのだが、最近は逆に教えられることが多い。館長も彼等に負けないように頑張りたいと思う。今、北辰館が面白い!

4月号
 先日4月22にちはearth day (地球の日)だった。この「今月の館長の言葉」ではかなり意欲的に国際問題を扱ってきたが、地球の環境問題を考えるとき、なお一層国際的地球的視野で物事をとらえることの必要性を痛感する。諸君にもこれまで以上にその自覚を促したいと思う。諸君はまだまだ人生の出発点だ。幅広く知識を吸収することは勿論、人格的にも自らを鍛え上げていかなければならない。その一つの視点として「地球人」としての自覚を持つことを提案したい。真の国際人になるためには、語学は勿論、自国の歴史や文化も身につけなければならない。数学や理科、さらにはコンピューターの素養も必要だ。そして何よりも、あらゆる問題を総合的に判断する思考力が根底になければならない。思考力の養成には読書が一番である。本を読もう。体も鍛えよう。「地球の日」を機会に諸君の変身を期待する。「地球人」にヘンシーン!
  
5月号
 今、元西ドイツ首相シュミットの「外交回想録」を読んでいる。日本人は国際感覚がないとよく言われるが、確かに、他国と国境を地続きで接している大陸国家の人々と感覚的にズレがあるのは否めない。まして東西陣営の狭間で常に両面からの圧力を感じながら外交政策を展開していかなければならなかった西ドイツの緊張感を理解するのは至難の技である。要はバランス感覚なのだ。日本人はもっと国際的なバランス感覚を身に着けるべきだと思う。政治家だけの問題ではない。部活と勉強の両立に悩んでいる諸君がいるとしたら、それもまたバランス感覚の問題だ。部活も勉強もお互いにバネにならなければ本物ではない。どちらに片寄ってもいけないのだ。―――この18日、東西ドイツの経済統合条約が調印された。新生統一ドイツはいかなる外交を展開するのだろうか。諸君の意見を聞きたいものである。

6月号
 宮元武蔵の「五輪書」に「兵法の道において、心の持ちようは、常に心に替る事なかれ。」という一文がある。戦いの場においても平常心を忘れてはならない、ということだが、これほど難しいこともない。今月は館長も柔道の試合が続いて、合わせると8回も試合をしたことになる。1回1回が真剣勝負だとしたら、これは大変なことである。命がいくつあっても足りないことだろう。勝負の世界は厳しいものである。まして平常心を保つということは25年も柔道をやっている館長にも至難の業である。どうしても「勝とう」「勝ちたい」「負けたくない」とあせり、心臓は高鳴ってしまう。まだまだ修行が足りぬと反省している。諸君が立ち向かおうとしている受験も同じ勝負の世界だ。本番の試験で平常心を保つのは難しい。だからこそ常日頃から、どんな小さなテストでも真剣に取り組んで心の鍛錬をすることが必要なのである。戦場にも入学試験にも「待った」はないのである。
  
7月号
 夏が来た。講習会も始まった。合宿ももうすぐである。館長にとってこの時期は、一年を通じて特に忙しい季節である。そんな時、ふと山が恋しくなる時がある。深緑の森に分け入り、清流にのどをうるおし、山の頂きを目指す。尾根伝いに岩によじ登ると、足元に一輪の花。登りの苦しさを忘れさせてくれる一瞬だ。見上げれば紺碧の空には雲ひとつない。30キロのザックの重さが一歩一歩大地にくいこむようだ。白馬、穂高、そして八ヶ岳・・・館長の夏山の思い出は尽きない。いや、これからも館長は山に登るだろう。一生登り続けるだろう。「そこに山があるから」と答えたのは誰であったか忘れたが、「山には偉大なエネルギーがあるから」と館長は答えよう。人生にも仕事にもすべてにファイトを燃やせるエネルギーを山は諸君に与えるだろう。しかし、一歩一歩登り続ける努力こそが実を結ぶことを忘れてはならない。努力なくして栄冠は手にできないのだ。この夏も頑張ろう。

8月号
 45回目の終戦記念日を迎えて、様々な番組が放送されていたが、平和の重みをかみしめる一方で、戦争に対する実感が薄れていくのが気にかかった。空襲、徴兵、防空演習、集団疎開、配給食糧、特攻、そして占領軍といった言葉も今の若者にはピンとこない。いや、館長も戦後の世代である。同じようなものだ。「太平洋戦争で日本はアメリカと組んで、どこと戦ったのですか?」というトンチンカンな質問を平気でする中学生を前にして、館長は複雑な思いを感じるのだ。戦争は起こしてはならない。しかし、戦争は決して忘れてもいけないのである。―――8月20日、イラクはクウェートの各国大使館の閉鎖を指示した。ペルシア湾岸の軍事的緊張は日に日に高まっている。21世紀は平和な時代になるのだろうか。それとも再び戦争の惨禍が待ち受けているのだろうか。諸君の前途は洋々にして、しかし、かつ多難である。いかなる困難も克服できるよう日々の努力を期待してやまない。まずは勉学にいそしむことである。
    The pen is mightier than the sword. (ペンは剣よりも強し)
9月号
 食欲の秋である。受験生にとって栄養のバランスをとることは、勉強以上に大切である。インスタント食品ばかりではいけない。朝食もしっかり食べてもらいたい。朝食抜きだと、脳の働きが鈍くなるばかりか、記憶力や集中力にも悪い影響を与えることが最近の研究で明らかになっている。今回は、館長が独身時代に発明した、簡単にできておいしく、しかも栄養満点の「じゃが玉ドン」を公開しよう。まず、温かいご飯にバターかマーガリンをたっぷりと溶かして、しょう油をほんの少したらす。次に目玉焼きとゆでたジャガイモ(味噌汁のジャガイモを使うと便利である)をくずしながらまぜて、もう一度しょう油をサッとかけて出来上がり。うまいのなんのって、館長の大好物である。モリモリ食べてこの秋も頑張ろう。

10月号
 前回紹介した「じゃが玉ドン」が好評のようである。館長としてはさらに第2弾、第3弾と紹介したいところだが、それはまた次の機会に譲るとして、今回は、眠気を覚ます方法を紹介したい。館長も学生時代、柔道部の練習から帰って夕食を食べてしばらくすると、眠気が襲ってきてどうにもならないときがあったが、この方法で何とか切り抜けてきた。簡単な話である。逆立ちをすればよいのだ。壁に足をつけてもよいから、30秒〜1分頑張ってみよう。30分は眠気を追い払うことができる。さらに眠くなったら、またやる。2,3回繰り返せば、1〜2時間の勉強は十分できるはずだ。とにかくやってみよう。時はまさに勉学の秋である。

11月号
 激動の東ヨーロッパを象徴するような東西ドイツの統一は、まさに世界史のページに新たな展開を書き加えたが、パリで開かれていたCSCE(全欧安保協力会議)の成り行きは、今後の欧州新時代を予測する意味で興味津々なるものがあった。21日に採択された「新欧州のためのパリ憲章」は、民主主義と市場経済を柱とする新秩序の建設をうたっており、経済や民族問題を抱えながらも、今ヨーロッパは統一欧州へ向かっての第一歩を踏み出したと言ってよいだろう。日本は、この新たな欧州勢力にいかに対応したらよいのだろうか。諸君が社会の第一線に出るとき、否応なく諸君は新欧州の経済エネルギーの真っ只中に突入することになるのだ。日米経済摩擦もおそらくは解決されていないだろう21世紀に、新たな問題に対処しなければならない。日本経済の浮沈は、日本の平和と繁栄のカギを握っている。諸君の責任は重いであろう。国際協調の中で日本が、経済的にも確かな位置を占めていられることを心から祈るこの頃である。―――ここまで書いてきたとき、サッチャー英首相の辞任のニュースが飛び込んできた。欧州統合への道はこれでさらに拍車がかかろう。マーガレット=サッチャーはオックスフォード大学で化学を学んだあと、独学で法律や政治を勉強したという。「鉄の女」は驚くほどの努力家でもあった。彼女の政治的評価は別の機会に譲るとして、今月はその労をねぎらいつつ筆をおこうと思う。

12月号
 今年は北辰館も多忙であった。10周年を迎え、さらに11年目に入ったことは、館長としてはまことに感慨深いものがあるが、思い出に浸っている暇はなかった。3月には隣地に新事務所と第4教室が増設され、さらに12月に入ってからはワープロ・コンピューター専用事務所が新たに設けられ、第4教室はメインの第1教室となって、各教室は第1から第3まですべて2階のワンフロアーに並ぶことになった。これで館長の目が常に一人一人に一層行き届くようになり、自画自賛しているようで恐縮だが、環境的にはまず申し分ないのではないか。これからは学習指導内容の一層の充実に向けて全力を尽くす覚悟である。館長も一に勉強、二に勉強である。よい年を迎えられんことを。   

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