2012年 年頭所感

国難に立ち向かおう

NPO塾全協東日本ブロック理事長
沼田広慶

 昨年3月11日に起きた東日本大震災の死者は警察庁の調べによると11月25日現在で15,840名、行方不明者は3,611名である。この甚大な人的被害は国難と言ってよい。1,000年に一度の地震や津波であったとしても、現代は古代社会ではない。想定外という言葉では絶対に片づけられない事態である。あえて人災と断定したい。15,000名を超える犠牲がどんなに重いものか、この国の政府関係者はわかっているのだろうか。戦場でもこれは重大である。紀元9年、ローマ帝国の3個軍団がゲルマニア中部の森で全滅した。当時の1個軍団は約6000人である。補助兵は別としても正規軍18,000人が戦死した。時の皇帝アウグストゥスはこの敗戦をもってローマの防衛ラインをエルベ川からライン川に後退させた。国家の戦略が大きく変わったのだ。本朝を眺めても、戦国時代最大の激戦といわれる川中島合戦では上杉・武田両軍の戦死者は合わせて約7,000名と伝えられている。日露戦争における203高地争奪戦では第7師団15,000名のうち14,000名が5日間で失われ、司令部に深刻な衝撃を与えた。戦場における兵士が死亡する確率は平時における市民と比較して圧倒的に高い。当然のことであり、ここで戦死者と自然災害における死者の数を比較して何の意味があるのかと言われるだろうが、そうではない。事の重大さを理解してほしいのだ。これだけの人命を失わせた責任はどうするのだと。原爆や大空襲による大虐殺は別として、戦場においても15,000名を超える犠牲はただごとではないのだ。まして平和な生活を営んでいた無辜の民がこれほど亡くなったのだ。中には、いたいけな小学生が数十名も一瞬にして津波に飲み込まれてしまったという悲劇もあった。これは許せない。断じて許せない。この国の為政者は一体震災対策をどこまで真剣に考えていたのだ。救えた命はたくさんあったはずだ。想定を超えていたのだから、今さら悔いても仕方のないことだというかも知れないが、肉親を失った者の前で、本当にそう言えるのか。津波対策を盛り込んだ海岸部の復興計画が各地で動き出している。二重三重の防潮堤、高台における住宅地域の建設等、それが技術的にも財政的にも可能ならば、何故10年前からでも20年前からでも始めなかったのか。この国の為政者は政治を何だと思っているのか。国民の生命と財産を守ることが最優先課題のはずだ。これができなければローマの皇帝だろうと幕府の将軍であろうと、その罪は万死に値する。気仙沼の階上(はしかみ)中学校の卒業生代表は、涙をこらえ、歯を食いしばりながら、「それでも、私たちは天を恨まず、助け合って生きていこうと思います。それが私たちの使命だからです。」と答辞を読んだ。この健気な姿を見て、国民は皆涙した。だからこそ私の怒りは治まらないのだ。この国の為政者の大半は国民のために動いてはいない。戦後の日本は個人の権利を主張するだけ主張してきた。己の利益の追求こそを善として全ての価値観を構築してきた。公の精神は希薄となり、国家全体の行く末を考える視点は民の心から失われ、為政者も己が地位の安泰と蓄財にこそ全精力を傾注してきた。真の公の精神を取り戻し、この国をまっとうな国にしなければならぬ。こんなことも分からないほど日本人の知力は後退したのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。必ず再生への道を踏む出すことはできるはずである。教育に公の精神を取り戻すこと。それがこの国の復興を支える柱となろう。民主主義は大衆への迎合主義を助長し、衆愚政治に堕する。衆愚政治から全体主義への道はあっという間である。真の公の精神は万民の幸福を願うものだ。全体主義は全体の前に個を潰し、破滅への道を突き進む。この道だけは二度と踏ませてはならぬ。民主主義そのものが悪いのではない。民主主義社会はそれを支える選挙民のレベルによって決まるのだ。だからこそ教育が大切なのだ。衆愚政治を排し、まっとうな国を作るためには教育を根幹に据えなければならない。まして、国難は続く。東海地震(M8)の30年以内の発生確率は80〜90%、東南海地震(M8.1)は50%、南海地震(M 8.4)は40%と想定されている。地震予知は確率10%で危険水域だ。90%は明日来ても、いや今起きても不思議ではない。確実に将来起こるとわかっている地震と津波に対して一日も早い対応が迫られているのだ。政府は一体何をしているのだ。上杉鷹山は「伝国の辞」で「国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候」と藩主の心得を示した。為政者は将来にわたって国民の生命と財産を守る義務がある。この国の政治家も選挙民もこのことを忘れ果てたのだろうか。言葉だけではなく、東日本の復興と必ず起こる地震及び津波への対策に最優先して国家財政を使うべきである。復興に関して言えば今もって生活再建、住宅再建を支援する事業制度が具体的に示されていないのはどういうことだろうか。土地区画整理事業や防災集団移転促進事業等、基盤整備のための事業が遅れているのだ。ハワイにヒロという都市がある。想定津波の高さまで嵩上げし、嵩上げ地盤面より下の部分では駐車場のみを認め、嵩上げ地盤面より上は、低層階は商業利用に限定し、中高層階は住宅を認めるということにしているそうだ。一方、瓦礫の処理も後手に回っている。これは国民全体で負担する形で解決していくべきであろう。政府は国民に対してそれを説明し、説得する義務がある。それができない政府は交代すべきだ。来るべき首都直下地震や西日本大震災では広域にわたる液状化、長周期地震動における超高層ビルの揺れの被害、帰宅困難者や中高層住宅における高層難民問題等、新たな課題も山積している。さらにまた、東海・東南海・南海地震への対応を考えるとき、三連続で発生する場合と時間差で発生する場合の違いも考えなければならない。1707年の宝永地震の時はほほ同時、1854年の安政の時は東海地震の32時間後に南海地震、1944年と1946年の昭和東海地震、南海地震は2年の間隔があった。いずれにせよ、それぞれに応じた防災対策と復興計画の策定を緊急に行う必要がある。
 長期的展望に立つとさらに深刻なのが放射能汚染である。原発の是非やエネルギー対策については別の機会に譲りたいが、放射能に関してはどうしても言及しておきたい。福島第一原発事故における放射能の拡散問題は尋常ではない影響を与えつつあるのだ。これは現在も進行中の災害、いや人災である。国の責任で除染を進める基準の年間被曝線量は1ミリシーベルト以上とされているが、この地域は宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京の1都7県、11,600平方キロメートルに及んでいる。日本国土の約3%である。しかし、一部を除いて除染作業は一向に進んでいない。放射性セシウムに関しては1平方メートル当たり10,000ベクレル以上の地域は13都県、約30,000平方キロメートルに及んでいる。これは日本国土の約8%以上である。チェルノブイリでは37,000ベクレル以上は危険な汚染地帯とされたが、私の住む松戸や隣の柏地域は60,000〜100,000ベクレルである。福島県の原発周辺部に関しては説明するまでもあるまい。チェルノブイリ被災者の研究を続ける、ゴメリ医科大学の元学長バンダジェフスキー氏は「被曝の影響は、胎児や小さい子供に大きく出る。遺伝の影響で次世代に現れる可能性もある」と警告している。1986年のチェルノブイリ原発の爆発以来20数年がたっているが、すでに「被爆者のなかには脳卒中や心筋梗塞で亡くなる人が多い。子供も大人も免疫系が弱っていて、いろいろな病気にかかりやすい。孫の世代でも体が弱い」などという報告がなされている。放射能汚染対策も早急に実施しなければならない。特に未来を背負う子供たちや乳幼児への影響に関しては最優先に対処すべきである。20年後30年後に悔いることがあってはなるまい。
 日本人は過去幾多の国難に際し、果敢に取り組み、刻苦勉励によって困難な状況を打開し、艱難辛苦の末に危機を乗り越えてきた。我々日本人が英知を結集し力を合わせれば、いかなる国難も克服できないことはないはずである。今こそ政府と国民は一体となって国難に立ち向かうべきである。
 2012年、年頭の所感としたい。

以上 

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