館長日誌 2000年 1〜3月

3月24日(金)

 春期講習会の準備に追われている。全員が完全個別指導方式なので、教材の準備や予習も時間がかかる。今年は新高校1年生のクラスや、理社科クラスの要望があり、新たなクラスを設けたため、いつも以上に忙しい毎日だ。これから4月の上旬まで、講習会が終了するまで、しばらくは、館長日誌の更新が滞るかもしれないが、了解されたし。ところで、最近、猛烈に読書欲が湧いてきて、夜中の2時3時まで毎日読書に没頭している。昼間は仕事に追われて読書どころではないので、どうしても夜中になる。歴史物が中心だが、とにかく読みまくっている。これについては、次の機会に話したい。それではまた。

3月18日(土)

 15日のOB・OG会には10年ぶりで元中3生が訪ねてきた。不動産関係の会社に就職しているとのことだった。夢と現実の狭間でいろいろと悩んでいるらしく、午前1時過ぎまで酒を飲みながら話し合った。現実社会の理不尽さに憤ったり、将来の夢を語ったり、酔う暇もないほど、あっという間に時間が経ってしまった。月並みな激励の言葉しか言えなかったが、彼には健全な常識が備わっている感じがして、少し安心したりもした。いずれにしろ、21世紀の日本は彼らが支えるのだ。頑張って欲しいと思う。ところで、17日には講道館へ行って、全国柔道高段者大会の五段の部に申し込みをしてきた。いよいよ全国大会に出場する。館長としてもこれから約1ヶ月は猛トレーニングを自らに課して頑張らねばならない。燃えるぞ。

3月14日(火)

 先日の日曜日に教え子の結婚式があり、新郎側の一人として挨拶した。新郎のT君は、中学から高校時代の4年以上にわたって北辰館スクールに通い、大学時代は講師の一人として活躍してくれた。彼は柔道の方でも活躍し、初段をとった。文字通りの文武両道のつわものといってよいだろう。すばらしい伴侶に恵まれ、本当にしあわせそうであった。こころから二人の門出を祝福したい。本当におめでとう。

3月10日(金)

 西尾幹二氏の「国民の歴史」を読んでいる。実は、昨年の暮れに、ざっと通読したのだが、今一度、今度はじっくり読み直している。770ページを超える厚さがあるので、時間がかかるが、内容が面白いので苦にならない。他にも毎日のように色々な本を並行して読んでいるが、この本だけは授業が終わってから毎日一章ずつ楽しんでいる。内容についてここで語る暇はないが、とにかく、日本人にとって、特に戦後生まれの日本人にとっては、絶対に一読しておかなければならない本である。戦後の歪んだ歴史教育による弊害を正すためにも是非、読んで欲しいと思う。それにしても、小中学生や高校生の読書の時間が少なすぎるように思う。一部の例外はあろうが、一般的な傾向としては活字離れが激しくなっていると思う。本を読んでじっくり思索するというようなことは、もはや非現実的は風景なのかもしれない。これは見方によっては、新たな文明社会の到来を予知させるものなのかもしれないが、館長としては、やはり文明の衰退という視点が先に来てしまう。三度の食事を忘れても本を読んでしまう館長からは本当に考えられないことだが、本を読まない若者が多すぎる。なんとかしなくては。

3月9日(木)

 高校合格を果たした中3生から高校クラスでさらに勉強を続けたいという申し込みが毎日続いている。中には春期講習会をやって欲しいという要望もあった。誠に有り難い話である。今週からでも良いからというので、今日からスタートする者もいる。にわかにこちらも忙しくなってきた。これはうれしい悲鳴というべきだろう。さあ、予習に取り掛かろう。

3月8日(水)

 塾生にインターネットの指導を開始した。まずは館長にEメールを送ることから始めた。さすがに現代っ子だなあと感心した。理解が速いというか、パソコンに慣れているというか、とにかく簡単に操作を覚えてしまう。全員にメールアドレスを持たせたが、これから塾でインターネットをどのように活用していくか、また、楽しみが一つ増えた。もっとも、塾生たちとのメールの送受信や管理が大変だが。いやいや、そんなことを言ってはなるまい。前進あるのみだ。

3月7日(火)

 新年度がスタートして一週間である。まずは順調な滑り出しと言っていいだろう。個別指導クラスも落ち着いた雰囲気で文句無しだ。ただ、使用している教材の種類が多いため、予習に膨大な時間がかかるのが大変だが、これはこっちの仕事だから文句は言えない。とにかく毎日の仕事に追われているが、何だか楽しくって仕方がない。よっぽど、塾の仕事が性に合っているのだろう。先日の合格祝賀会はディズニーランドだったが、一日中、遊びまくった。たまには童心に返るのもいいものだ。体はくたくただったが、心はリフレッシュされたようだ。来年もまた行きたいものだ。

3月6日(月)

 第一教室にパソコンコーナーができた。今月から塾生にEメールの送受信を指導する予定である。教室から自由に北辰館スクールのホームページを見ることもできるようになった。これからの時代はパソコンは誰でも普通に使う日常的ツールである。インターネットへの参入は当たり前の時代が来よう。インターネット時代へ塾としても対応せざるを得ない。また、インターネットを使うに当たってのモラルも教えなければならないだろう。電脳時代への道徳教育が必要である。これも同時に実施していきたいと思う。いずれにせよ、21世紀を目前に控え、我が北辰館スクールも新たな時代に突入しつつあるのだ。

3月3日(金)

 昨日、県立高校の合格発表があった。私立、公立を含めて、今年度の第一志望校への合格率は約90%だった。落ちた者はいずれも自己の偏差値を大きく上回っている学校へのチャレンジだった。本人たちも結果を覚悟の上での挑戦だった。そのチャレンジ精神は高く評価したいと思う。他は皆、順当な、あるいは劇的な合格を決めた。特に、秋から駆け込みで入塾して特訓した生徒たちが、3人とも偏差値を短期間で上げて、本人たちが行きたい学校に合格したのは、こちらにとっても大変うれしい話である。また、4月の模試の偏差値から比べると10以上もアップして当初は考えられなかった高校に合格した者もいる。塾の正規の授業がない時でも自習に来ていたが、その努力が報われたのだろう。本当によく頑張ったと思う。中3生の諸君、皆、本当におめでとう。これからの一層充実した高校生活を心から祈っている。

3月2日(木)

 国際化の時代に外国語の能力は必須であろう。特に国家公務員や民間企業におけるエリート層には絶対に必要なものである。国民の全てがバイリンガルになる必要はない。しかし、少なくとも国民の10パーセント程度の指導層はバイリンガルであることが望ましい。外国語といっても実際上は米語のことだが、余程国際情勢が様変わりしない限り、この流れが続くと見て良いだろう。では、その対策だが、現行の学校英語では目的達成には程遠いものがあろう。教える側にも教わる側にも限界がある。そもそも語学は本人の自主的なやる気がなければ絶対に効果はない。ということで、結論は、小、中、高校のカリキュラムから英語を全廃し、入試科目からも撤廃するということである。全ては民間教育に任せるべきである。さらに、国家公務員試験や各種資格試験あるいは各企業の入社試験などの際に英検やTOEICなどの成績を条件として付ければ良い。志ある者は必死で自ら学ぶだろう。大学での授業に支障をきたすのではないかという懸念もあろうが、学部ごとに必要なレベルを設定し、1年次で語学を集中学習させ、マスターさせればよい。できなければ進級させなければ良いのだ。そのぐらいのことは当然である。レジャーランドとなっているような大学の状況もこれで少しは変わるだろう。学生に甘すぎるのだ、今の教育は。若者は鍛えに鍛えるべきなのだ。

3月1日(水)

 次に推薦制度について申し上げたい。多様な選択肢という視点からは、推薦制度を是認したいが、現行の推薦制度の実態は理想からは程遠いものがある。学校の経営至上主義による青田買いそのものだといってよい。生徒たちを堕落させるだけで、まさに百害あって一利なしである。正当な入試による受験競争の方がはるかにましである。もしどうしても推薦制度を導入したいのならば、一般入試も推薦制度も時期を遅らして、3月に入ってから実施すべきである。3学期までの成績を考慮すべきだ。堂々たる競争は生徒たちの精神を鍛えるだけでなく、精神衛生上もはるかに良い効果がある。堂々と競争すべきだ。これによって経営難から廃校に追い込まれる学校が出てきてもやむをえないだろう。それはまた別次元の問題として対処すべきだ。青少年の健全育成こそ最優先課題だろう。将来の日本国の命運がかかっているのだ。現行の推薦制度は全面的に撤廃すべきである。関係者の断固たる英断を期待する。

2月29日(火)

 現代の教育問題の根源は、少なくとも大部分の原因は、家庭の崩壊にあると思う。産業社会の発達は都市への人口集中と核家族化を推し進めた。さらに民主主義の発達は女性の社会進出を促進させた。しかし、男性社会が従来のままで、女性が社会進出を果たせば、そのしわ寄せは子供たちに来ることは明らかである。女性の社会進出が悪いのではない。男性側がそれに対応しなかったのが悪いのである。企業にも責任がある。経済効率至上主義が家庭を崩壊に導いたといっていいかもしれない。だからと言って、いまさら、戦後の日本経済を支えてきた経済界を非難しても始まらない。大切なのはこれからどうするかである。父親と母親とが平等に子育てに関わることができるような社会環境を整備することが急務である。企業と言うよりは産業界全体の協力が必要であろう。親子が精神的にゆとりを持って生活できるようなライフスタイルの確立も求められよう。価値観の転換と言う問題も起こるかもしれない。地域社会と言う生身の人間同士の付き合いの場も大切にしなければならない。いずれにしろ、愛情豊かな、かつ落ち着いた精神生活こそ子供たちを救うことになろう。人間としての「しつけ」は学校では限界がある。やはり家庭こそ全ての教育の原点といってよい。家庭の教育力の再生こそ今日の教育改革の根幹でなければならない。

2月28日(月)

 今日、内閣内政審議室へ教育改革試案をEメールで送った。今週はその内容について考えてみたい。試案の一つに新教育基本法の制定がある。現行の教育基本法は日本の歴史や伝統に言及するところがなく、どこの国の法律かわからない。祖国の誇りある歴史と伝統をふまえた上で、新たな自由主義、民主主義に基づいた国家の建設を目的とした公教育の理念を構築しなければならない。これなくしては、日本の教育の再生は不可能であろう。日本国民としての自覚をしっかりと持たせることから教育を始めなければならないと思う。従来の教育論議はこの辺をあいまいにした形で行ってきた。タブーとしてきた感さえある。戦後50年以上がたったのだ。もう、いい加減に良いのではないか。この国の有様を論じても。広く意見を聞きたいと思う。

2月25日(金)

 今年度の入試日程が今日でひとまず終了した。全力は尽くした。後は結果を待つのみである。3月からの新年度の準備で目が回りそうだ。新年度生の申し込みも先週あたりからぽつぽつ動き出した。今年は個別クラスと一般練成クラスの交通整理を行った。教える体制としてはかなりすっきりした感じだ。個別クラスの7時台と8時台はほぼ満席に近くなった。9時台は半分くらいだが、問い合せが結構あるのでおそらく満席になるだろう。一般練成クラスは持ち上がりでほぼ例年並になっているので、まずまずのスタートが切れそうだ。3月から4月にかけてさらにどれだけの入塾があるかわからないが、あせらず地道にいい授業をやることだ。今年も頑張るぞ。

2月8日(火)

 入試対策に追われている。我が北辰館柔道場におけるN君への初段昇段記念の10本乱取特訓の話をするのが遅れてしまった。申し訳ない。1月29日(土)、予定通り、乱取特訓がおこなわれたことを報告しておきたい。N君は最後まで気力を振り絞って頑張った。立派な根性を見せてくれた。彼のような若者が門生としていることを誇りにしたい。北辰館柔道場は今、着実に次代を継ぐ若者を育てているのだ。

1月27日(木)

 入試本番が始まっている。連日、我が塾生が必勝を期して出陣していく。彼らの健闘と合格を心から祈る毎日である。仕事に追われ、なかなか落ち着いてパソコンの前に座れない。この館長日誌のコーナーも更新が滞り勝ちだが、ご理解いただきたい。さて、先日の新聞に痛快な記事があった。新春恒例の剣道の荒修行「立切(たちきり)試合」が秋田県で行なわれ、須田恵美子五段が22人の女性相手に2時間ぶっ通しで竹刀を交えたという。「立切(たちきり)」は幕末の剣豪・山岡鉄舟が門弟に課したことから始まり、基立(もとだち)1人に、33人の挑戦者が5分ずつ次々と挑む過酷な稽古である。女性の基立は初めてとのこと。見事である。武道家として賞賛に値する。彼女の一層の精進を祈りたい。我が北辰館では先日、初段になったばかりのNに対する10本乱取が予定されている。これも剣道と同様に基立のNに対して、有段者が次から次と3分ずつ当たっていく乱取稽古である。Nの根性が試される。頑張れよ。 

1月20日(木)

 柔道の館長乱取の話を続けよう。通常の稽古が終了してから休む間もなく乱取が始まった。門生はここではNとでも呼んでおこう。1本目、2本目はNもどこか余裕を見せていたが、3本目にもなってくると、さすがにあせりの色がみえてきた。館長をうまく投げれないのだ。疲れと焦りから技がだんだん乱れてくる。しかし、館長としてはここで情けをかけてはならない。心を鬼にして叱咤激励しなければならない。「どうした、それで黒帯を締めるつもりか。」「何だ、その技は。」「殺すつもりで技をかけてみろ。」5本目。Nの顔色が変わってきた。これはやばい、と思ったのだろう。そう、そのとおり。館長はこの時、彼を立ち絞めで絞め落すつもりだった。殺気を感じたNの目つきが変わった。これでよい。やっと格闘技の目になった。6本目、互いの柔道衣は汗でぐっしょり、吐く息もさすがに荒くなっている。しかし、まだ私は満足していない。気合を更に入れる為、こちらからも技をかけ、大外刈でたたきつけた。Nは逆上したかのごとく、攻撃してきた。そうだ、その調子だ。こい、もっとこい。攻撃しろ、休むな。俺を殺すつもりでかかってこい。7本目、まだ、駄目だ。必殺の気合がほしい。死ぬ覚悟でかかってこい。まだ、わからんか。又、投げつけた。泣いているのか、叫んでいるのか、わからないような気合とともにNは飛び掛かってきた。必殺だ。必殺の技だ。必殺の気合だ。それが欲しいのだ。これは遊戯ではない。格闘技なのだ。戦場で戦う技なのだ。武人の魂が宿ってこそ本物なのだ。さあ、こい。8本目。Nはとうとう戦場に立った。戦場で戦う武人と化した。必死、必殺の気合で館長に挑んだ。裂帛の気合とともに全身全霊の力を振り絞って技をかけてきた。これでよい。この気合を忘れるなよ。私は大きく宙を舞って畳にたたきつけられた。一本。見事な大外刈の一本であった。礼をして向き合ったNはほとんど立っていられないほど疲労こんぱいしていたが、私から受け取った黒帯をしっかりと締めた。北辰館柔道場の本年の初段第一号である。これからの彼の一層の精進を祈りたい。

1月18日(火)

 先日の15日の土曜日。平常の柔道の稽古が終了してから、初段昇段者に対する館長乱取が行なわれた。夜10時からの特訓である。この門生は小学校時代から通塾している塾生だが、今は大学1年生。高校時代から大学も柔道部という現役である。高校時代に昇段は十分可能だったのだが、みずから納得するまでといって、昇段を延ばしていた者である。昨年の12月には講道館より昇段証書を受けていたが、ここ北辰館では館長乱取を行い、合格しなければ黒帯を締められないのである。この館長乱取は通常の乱取とは違う。時間は一回3分だが、10秒と技をかけないでいることは許されない。休みは30秒間。館長が納得のいくまで乱取は続くのだ。たいていは3本から5本くらいで終了するが、時には10本くらいまで続けることもある。つまり、館長をきれいに、というか、気合いの入った技で一本投げるまで続くのである。稽古が終わって直後に始める為、極めてきついことになる。技有りや有効程度では駄目である。館長としてはこちらからはあまり技をかけず、かけさせ、投げられる覚悟でやるのだが、気合いが入った、しかも柔道らしいいい技でなければ決して投げられてはやらない。戦国時代の武士が戦の場において決死の覚悟で必殺の技をかける気合を館長は求めている。この気迫がなければ武道ではない。さて、この日の乱取はいかなることになったか。おっと、時間が来てしまった。次回の館長日誌を待たれよ。

1月13日(木)

 新年度のスケジュールと平常クラスの最終チェックを行う。春期講習会の日程と内容も決定した。全体としては個別指導クラスが増えることになった。いずれにしろ、授業の中味で勝負するしかないのだ。一に勉強、二に勉強である。いよいよ今年も入試本番を迎えた。全力を尽くすだけである。

1月11日(火)

 今日は柔道の外国人の弟子第一号となったアメリカ人が英会話の特別授業をボランティアでやってくれた。大好評であった。また機会があったらこういう企画を立てたいと思う。

2000年1月5日(水)

 年頭に当たり、北辰館スクールとしての今年の目標を立てたい。
 (1)館長自身の教科学習の充実(特に英語と高校数学)
 (2)全教材プリントの見直しと改訂版の作成
 (3)個別指導クラスの拡充
 (4)柔道大会での門生のメダル獲得
 (5)インターネットの活用
 (6)アウトドアーイベントの拡充
 (7)登山合宿における新人獲得強化
 (8)魅力ある授業の実践とそのための館長自身の人格陶冶
 以上である。個人としても読書、家族登山、柔道などいろいろな目標がある。今年も全力投球で頑張ろう。

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