館長日誌 1999年 3〜4月

4月30日(金)

SAPIO5月12日号に櫻井よしこ氏が小気味のよい憲法論を展開している。櫻井氏は吉田首相の本音は、日本が占領から解放されて本当の意味で自立できるようになった時に、いち早く憲法を改正し、自前の防衛力を持ちたいということだったと、述べているが、誠に正しい指摘であり、今の国会議員全員に是非読んでもらいたいところである。さて、ゴールデンウイークは八ヶ岳山麓にベースキャンプを置いて、周囲を家族でハイキングすることになった。天気が心配だが、こればかりは祈るしかないようだ。館長日誌は5月6日から再開する予定である。それではまた。

4月28日(水)

授業が終わってから、柔道の形(かた)稽古を一人で行う。夜10時を過ぎてからの稽古は乱取でなくてもさすがに疲れる。今やっている極の形(きめのかた)は関節技と当て身技を中心として構成されている護身の形である。裂帛(れっぱく)の気合とともに一瞬にして技を決めなければならない。形(かた)の難しさ、深さがこの歳になってやっと分かってきたような気がする。若い時、20代頃までは形を正直言って軽く見ていた。いや、軽蔑していたと言ってもよい。試合で勝って実力を示すことが一番だと勝つことに専念していた。形がいくらうまいと言っても、何の意味があるか、などと思っていた。確かに試合で勝つ実力と形のうまさとは全く同じものではないかもしれない。しかし、形の稽古をやっているうちに、本当に形がわかり、うまくできるということは、柔道が本当に分かっているということではないかと感じてきた。柔道の神髄のようなものと言えば大袈裟かもしれないが、柔道の呼吸と言ったようなものが本当に身についていないと、形はうまくできないことがわかってきたのだ。自分の未熟さが形の稽古によって暴露された気がする。日暮れて道遠し。いやいや、まだ人生の日は暮れてはおらぬ。ますます精進すべし。

4月27日(火)

先日、学校で配布された「家庭教育ノート」についてこの欄で紹介したが、その中に、1ヶ月に一冊も本を読まなかった子どもの割合が載っていた。平成10年の調査だが、小学生16.6%、中学生47.9%、高校生67.3%、となっていた。小学生はともかく、中学生のおよそ半分、高校生のおよそ7割が本を読まないということは驚くべきことである。いや、現代ではこれが常識なのかもしれないが、とんでもないことである。このままでは、日本は潤いのない、殺伐とした社会になるだろう。読書は心の栄養であり、豊かな心の源である。古今東西の偉人伝や、小説など、小中学生が読まなければならない本は山ほどある。高校ともなれば、古典文学から歴史、哲学と幅を広げていくのが本来の流れであろう。館長もまさにその道を歩いてきた。今でもその道を歩き続けている。国民が本を読まなくなるということは、様々な情報のあふれる高度情報化社会の中で、自立的価値判断能力が失われていくことを意味している。これがどれほど恐ろしいことか、いまさら言うまでもないだろう。一握りの為政者たちによって、この国が支配されるということを意味しているのだ。まさに愚民政策そのものと言ってよい。今、日本国が直面している問題は深刻である。真の独立国家として、再生できるか否かの瀬戸際に来ており、国民としての誇りを取り戻せるか否かの時である。これ以上の愚民政策を許してはならぬ。国民として覚醒しなければならぬ。国際社会に通用する独立国家にならなければならぬ。反日勢力に騙されてはならぬ。「平和主義」という言葉の裏に隠された謀略を見抜かねばならぬ。21世紀の日本の繁栄は国民の国家的覚醒にかかっている。公民としての意識を取り戻すのだ。覚醒せよ。覚醒せよ。

4月26日(月)

昨日の日曜日は、妻が地域の子供会の総会に出席しなければならず、娘とふたりで 「21世紀の森と広場」という近くの公園にバードウォッチングに出かけた。新緑の季節が始まった森は、木々の緑が鮮やかで、仕事に疲れた目を癒してくれる。目だけではない。心のリフレッシュに緑は欠かせないものだ。まして小鳥のさえずりに耳を傾ければ、思わず心がなごむ。ムクドリ、セグロセキレイ、ツグミ、ホオジロ、モズ、それにこの季節では貴重なコガモなどが目にはいった。どちらかというより、圧倒的に娘の方が見つけるのが早い。道端に咲いている可憐な花にも心が躍る。双眼鏡で野鳥を見たり、花にカメラを向けたりと、楽しいひとときであった。娘と弁当をほおばりながら、今年のこれからの登山計画を練る。夏に北アルプスが予定されているだけに、その準備登山としての意味もあり、慎重に計画を練らねばならない。これがまた楽しい。一人で山を歩いていた大学時代も懐かしいが、家族で行くようになった山は一層楽しいものである。ここ数年は八ヶ岳が夏山の中心だったが、今年あたりから、そろそろ北アルプスへ連れて行こうかなと思っているのだ。その前にトレーニングも欠かせない。今年も忙しい季節になった。

4月24日(土)

小学5年生の社会で日本の農業を教える。都会育ちの子供たちに稲作や酪農を説明するのは大変である。教材の絵や写真が頼りだが、教える方も都会育ちだから、苦労する。ただ、私は大学時代の夏休み中、北海道の牧場で住み込みのアルバイトをしたことがあり、酪農については多少の経験を話すことができた。その時、畑で飼料作物の草取りなどもやったことがあり、これも貴重な体験となった。今では懐かしい思い出の一つだが、機会があったら、是非、家族を連れてあの牧場に行ってみたいものだと思う。もっとも、牧場経営の厳しさは想像以上だったことも確かで、牧場主から聞いた深刻な話は今でもよく覚えている。遊び気分では行けないな、と思う。さて、夜の柔道の時間に、先日の元講師が参加してくれた。もう一人は、仕事が遅くなり、稽古が終わってから駆けつけたのだが、それでもうれしかぎりである。二人とまた遅くまで語り合ったが、こうした教え子との付き合いはこの仕事における最大の楽しみであり、やりがいでもある。私は幸せものである。感謝。

4月23日(金)

文部省が発行した「家庭教育ノート」なるものを娘が小学校からもらってきた。お父さんやお母さん向けの家庭教育の本である。ないよりはあった方が良いと思われる内容で、一応の評価はできると思う。ただ、この本の内容を読む親たちはおそらく家庭教育の大切さをそれなりに認識していると思うが、問題なのは、是非読んでもらいたいと思うような親たちがおそらくほとんど読まないだろうということである。出生届けと同時に親たちに対する教育を法的義務として課さなければならないのではないか、と思う。この国の教育問題を解決するにはこれから生まれてくる子供たちと、その親たちに対して、徹底的な国民教育と人間教育をやり直さなければならないだろう。教育制度や教育内容の改革は勿論だが、新しい国民をあらためて育成しなければならない。新憲法制定から教育の建て直しに至るまで、この国をまともな国にするのは本当に大変である。

4月22日(木)

昨日の夜は恒例の宴会があった。今回の話題の中心は、館長の昇段審査の話から柔道談義となった。北辰館で稽古して黒帯を取った元講師や高校の時柔道部だった元講師がきていたので、話が盛り上がった。とうとう隣の柔道場で技の説明を行うことにまでなった。酒がはいっているので本来柔道などもってのほかであるが、そこは宴席での座興ということで、色々な技を説明した。特に、締め技や関節技には皆関心が強く、こちらもつい力がはいって夢中になってしまった。最近、テレビの格闘技番組が若者たちに人気があるとのことであった。日本人の武道精神の復活ならこれほど喜ばしいものはないのだが。先の元講師の二人が今週の土曜日の稽古に参加してみようかな、と言ってくれたのはうれしかった。仕事があるから実際に続けるのは大変だと思うが、無理をせず来れる時だけでも来てくれればと思う。楽しみがまた増えた。

4月21日(水)

20日付けのある新聞にコソボ解放軍に志願兵として参加する少女の写真が掲載されてあった。祖国のために戦うのだという。まだあどけなさの残る彼女の顔を見ながら、複雑な気持ちになった。戦争は決して良いことではないのだが、国際社会で平和を主張するには、祖国は自分たちで守るという絶対的前提がなければならない。日本にはこれがない。日本国民はまことに国際的な孤児といってよいだろう。国際的異端といってもよい。この異端的存在を逆に良しとする者がいるようだが、これは間違いだと思う。国家と国民とは表裏一体をなしており、どちらが欠けても意味がない。国家は国民の生命と財産を守るべき義務があり、国民は国家の安全保障のために協力する義務がある。今、義務といったが、国民にとって、国防の義務は義務以上のものであり、国民として生きていく誇りといっても良いものであり、国民意識の基盤をなすものだ。その上での、平和であり、戦争批判でなければならない。日本国民は誰一人として、この少女に意見を言うことも、いや、言葉をかける資格さえないのだ。国際社会で堂々と平和を主張できる国民に我々はいつになったらなれるのだろうか。

4月20日(火)

昨日は一日人間ドックに入った。朝から始まって3時頃には終わるので授業には差し支えがない。35歳を過ぎた頃から、2年に1回ぐらいの割合で定期的に行っているものである。その時、目の奥から後頭部にかけて頭痛がするときがある、と相談したところ、眼精疲労によるものだろうということであった。ビタミンの入った目薬をもらってきたが、俺も年かなと思った。眼の疲れを感じた時は、パソコンは止めた方が良い、と忠告された。この日の検診の結果は一週間後にわかるという。確実なことは、もう少しやせた方が良い、ということだった。今は特に問題がなくても肥満は必ずあらゆる成人病の原因となるとのことであった。わかってはいるつもりなのだが、いや、今年こそ、5キロの減量を達成しよう。体脂肪率は標準並なので安心していたのだが、体重が重いのはそれだけで、膝関節や心臓にとっては良くない影響を与えているとのことであった。ということで、今年は健康管理元年としよう。

4月19日(月)

昨日の日曜日は、塾団体の総会が大阪で開かれたために、久しぶりで、新幹線に乗った。各地の塾の先生たちといろいろな話をしてきたが、このまま現在進行中の教育改革が進めば、間違いなく、日本は総白痴化するということであった。学力は低下し、創造力はおろか、まともに国際情勢を判断することもできない国となり、世界の潮流から確実に取り残されるだろう、という結論だった。実は、文部省の役人もそれは承知していることだという。上から言われたことをしているだけだという。では、上の連中は何を考えているのだろうか。これほどひどい愚民政策をとって、国家が立ち行かなくなってもいいというのだろうか。この国は亡国の道をひたすら突き進んでいるようである。

4月17日(土)

夜、柔道の稽古が終わってから、テレビのチャンネルを回していて、やはりこの国はおかしいのではないか、と思った。娯楽番組が悪いというつもりはない。スポーツニュースもおおいに結構なのだが、さて、国際ニュースを見ようとしても、時間帯が余程悪かったのか、どうしても見つからなかった。衛星放送でもやっておらず、一瞬、国際社会から隔離されたような錯覚を覚えた。いかに時間帯に問題があったにしても、土曜日の午後11時頃から1時ごろまでの間、国際的な時事ニュースを見ることができないというのは、おかしいのではないか。この時間に仕事を終えて、ニュースを見たい人もいると思うのだが。日本人は国際化どころか、国際的無関心国民になっているのではないか。北朝鮮問題にしろ、コソボ戦争にしろ、無関心でいられるはずはないのだが、この国の民はどうなっているのか。国民全てが関心を持て、とまでは言うつもりはないが、もう少し、国際情勢に関心を持つべきではないのか。おかしいと思うのは、私だけではないはずだ。

4月16日(金)

講演会などの案内をもらって、いつも困るのは、塾の仕事時間に重なってしまうことである。講師や事務員をたくさん抱えていて、自分の時間を作れる塾長はいいが、ほとんど自分で何から何までやっている零細規模の個人塾だと、そうはいかない。私の場合は月曜日から土曜日まで夜10時過ぎまで授業が入っている。特に土曜日は午後1時から6時まで普通の授業で、午後6時半からは柔道が始まる。生徒たちは学年に応じて3交代するが、師範の私は交代できず、夜10時過ぎまで休めない。勿論、師範代もいるので、交代で稽古をつけているが、そもそも土曜日は一週間の疲れが溜まってくる頃でただでさえきついのだ。平日の夜は勿論、土曜日の午後でも外へは出られない。同じ塾業界の人たちとは平日の昼間に交流ができるが、普通の勤めの人たちとの交流は難しい。これは問題だと思っている。先日も塾生の保護者の父親から一杯飲みましょうと、声をかけてもらったが、時間の調節がうまくいかず、そのままになっている。残念なことである。こうしたことはどんな職業の世界にもある、当たり前のことかもしれないが、異業種の人たちとの交流は大切だと思う。今後の課題としたい。

4月15日(木)

ある新聞に日本の英語教育についてこんなことが書いてあった。「日本人の英語ベタは世界の七不思議に入っています。(中略)主要国首脳会議(サミット)などの会議に通訳つきで出席している外務大臣は日本だけです。」サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」によると、世界で英語を話す人の割合は、1992年には7.6パーセントだったそうだ。とはいえ、英語が実質的な世界言語であるという現状に変わりはない。そこで提案。公教育、つまりいわゆる学校教育から英語などの外国語をはずし、すべて民間の語学学校に任せることにしたらどうか。入試からも排除し、そのかわり、様々な職種における資格試験において必須科目とすればいいのではないか。やる気のある者だけが真剣に勉強することになり、結果的には英語のできる日本人を増やすことになるのではないかと思う。語学は耳から学んだ方が良い。文法からやるやり方はもう止めるべきだろう。また、必要性を切実に感じていない生徒たちに外国語を教えるのは時間の無駄かもしれない。国語を教えた方がまだ良いのではないか。外国語の学習だけは一般の課目とは違った視点で考えた方が良いと思う。

4月14日(水)

3年間やってようやくPTA会長が交代できることになり、ほっとしたのもつかの間、今度は某塾団体の常任理事に選出されてしまった。引き受けることに決めて第一回の理事会に出席したが、いろいろと大変そうで理事会が終わる頃には後悔の念頻りという感じであった。とにかく、広報局を任されて、新聞を発行しなければならなくなった。どうやったらよいのか、暗中模索、五里霧中、といった四字熟語の世界になってしまった。誰か、新聞発行が得意な人がいたら相談に乗って欲しいのだが、いるかなあ。

4月13日(火)

高校生の入塾希望者から問い合わせがあった。部活の推薦で高校に入ったが、教科書をもらって、とてもついていけそうもないので不安になったという。これは彼が悪いのではない。そういう推薦制度に問題があるのである。というより、一方ではなにがなんでも普通科で進学実績を伸ばし、サバイバルしようとする私立高校の経営戦略と、とにかくあらゆる方法で一人でも多くの生徒を確保したいという切実な現実的課題がうまくかみ合っていないのではないか、という気がする。推薦制度というのは一体何なのか。私は断言する。現行の推薦制度は学生たちのためにもなっていないし、日本のためにもなっていないと。要は、青田買いである。学校側が何を言おうと青田買いは青田買いである。百害あって一利なしである。日本の将来の繁栄のためにも如何なる犠牲がでようとも断固、全廃すべきである。このままでは必ずや亡国に至るであろう。

4月12日(月)

高2の女子から、授業が終わってから、進学に関する相談を受ける。将来の希望がはっきりせず、何をしてよいかわからなくて悩んでいるとのことであった。英語が比較的好きなので、英語を使うような職場に行きたいというのだが、さりとて、英検をやっているわけでもないという。色々話してみたが、要は、この社会の中で自分の位置づけがはっきりしないのではないかと思った。自分とは何か、どう生きるべきか、人生とは何なのだ、こんなことを漠然と悩んでいるような感じであった。しかし、これは当然の悩みであり、青年が成長していく過程のなかで、本来、必ず経なければならない関門のようなものだと思う。君の悩みはすばらしいことだ、そのようなことを悩むのは、決しておかしなことではなく、必要なことだと励ましてやった。さしあたり、英検に挑戦してみたいというので、さっそく来週から始めることで話がついたが、前向きに人生をとらえており、話していて気持ちが良かった。帰り際、「中味のある人生を送りたい」と彼女は言った。いい言葉だ。疲れがふっと消えるのを感じた。

4月10日(土)

小学受験クラスの社会で日本の農業について学習した。私自身東京の下町育ちで、田んぼや畑を見て育ったわけではない。塾生もそのほとんどが似たような者である。この状況で農業を学習するのは本当に難しい。百科事典で調べ合いながらの授業である。農業は国の基であり、決しておろそかにしてはいけないのだが、普段から親しく接していないものを学ぶのは大変である。話に聞けば、松戸市が子供たちに稲作を体験させるイベントをやっているという。田植えから稲刈り、脱穀や餅つきまでさせるのだという。これはいいことである。さっそく、塾生にも知らせてあげたい。わが娘のためにも申し込んでみよう。

4月9日(金)

ここの所毎日、体験入塾生が来ている。中には冷やかし気分の連中もいないわけではないが、ほとんどは最終的には入塾を申し込んでくれる。ありがたい。ただ気になったのは、子供たちが返事をまともにしないことである。「はい」というだけでいいのに、それができないのだ。そもそも「はい」という返事をすることを知らないのではないか、と思うほどである。まさか「はい」ということまで、戦後の教育が否定しているわけではないと思うが、いやいや、案外、そうなのかもしれない。あの戦争の影響はこの国にとって、まことに大きなものがあったと言わざるをえない。この影響を払拭するにはまだまだ多くの歳月を必要とするのだろうか。いや、歴史の流れは無常であり、無情でもある。立ち直れない国や民族は時の流れの中に、埋没し、滅び去っていくのが運命なのだ。日本はどうなるのか。滅び行く運命なのか。いや、21世紀の指導的国家として力強く前進すべきだ。国を憂えることはいいが、悲観してもよくない。前進、前進だ。

4月8日(木)

小学生のクラスで5月の連休の過ごし方が話題になった。海外旅行や国内旅行などの旅行組は一人か二人でほとんどは特に出かける予定はないということであった。不況を反映しているようで、それ自体は問題はないのだが、気になるのは、せっかくの休みなのだから、旅行などには行かなくても、もう少し、積極的な計画があってもよさそうなのに、ただ家でゲームをするしか考えていない者が多かったことである。またしてもゲーム、ゲーム、ゲームであった。外で、例えば公園などで遊ぶ話はまったくなかった。ここ稔台には、公園がないわけではないし、自転車で10分も行けば、かなり大きな公園もある。そこには、林や森も池も広場もあり、5月の新緑を楽しむこともできる。だが、子供たちには自然への関心がほとんどないようだ。もっとも、親たちの責任でもある。小さい時から、自然に親しむことをあまり経験していないのだ。連休中は是非とも自然を楽しんで欲しい。日本は本来、自然の豊かな国なのだから。

4月7日(水)

中学生にコソボ難民の話をした。一人だけ関心を示した者がいたが、ほとんどが無関心と言ってよい感じであった。新聞記事の内容を話して聞かせたが、うつろな目をしながら、何の感情も抱かない様子であった。中には、途中で欠伸をしながら聞いている者もいて、どうでもよいという態度であった。普段の授業ではかなりまともな態度で勉強している塾生たちなので、もう少し真剣に聞くかと思ったが、予想がはずれた。コソボ自治州がそもそも地球のどのあたりにあるのか、漠然とでも分かっている者はほとんどいなかった。ニュースを見たり、聞いたりしないのかと、聞いてみたが、時間があれば寝ているか、ゲームをしていると答えた者がほとんどであった。平和といえば平和、幸せといえば今の地球上で彼らほど幸せな連中はいない。しかし、そう、しかしである。これでいいのか。一体、今の日本の教育は何を目的にしているのだろう。国民としての権利も義務も教えず、国家への帰属意識も育てず、それどころか日本国民としての意識などは有害であるかのような教育を行い、国家の安全保障も防衛もすべて思考の対象外として、ただひたすら自虐史観だけを押し付けている。民族の誇りも、愛国心もすべて切り捨てられ、言わば、自分たちの歴史を抹殺された子供たちがまともに育つはずがない。一片の知性と良心を持っている者ならば誰にでも分かりきったことなのに、なぜ、いつまでもこの現状を打開できないのか。誰が日本を駄目にしているのか。誰がじゃまをしているのだ。日本人の一人として、私は絶対に許さない。

4月6日(火)

月曜の夜、授業が終わってから急に発熱した。39度近くまで上がり、さすがにダウンした。一晩中うなりながら熱と戦う。翌朝には38度まで下がり、午後には37度と仕事ができるまでになった。夕方からの授業はまだ少々頭が痛かったが平常通り行うことができた。この間、妻には授業の準備や教室の掃除など、また昼間の講習会の補習授業まで色々と代わりをつとめてもらった。感謝、感謝である。妻の敬子は普段は英検対策講座と小学生対象の英語教室を担当しているが、元々、英語でも数学でもなんでも教えられるマルチ教師なので、いざという時は本当に助かる。やはり妻には頭が上がらない。

4月5日(月)

今日から館長日誌を再開する。昨日、東京の道場で、柔道昇段のための形の予備審査があった。私は五段昇段のため「極の形(きめのかた)」を行った。結果は合格。これで、来月講道館で行なわれる本審査を受けられることになった。本審査には3日間かかる。まだまだ気は抜けない。さて昨日の形の審査で感じたのだが、10代、20代の若者の礼法があまりにもひどく、これは柔道以前の問題であるような気がした。そもそも直立不動の姿勢がとれない。背骨がびしっとまっすぐにならないのだ。立礼も座礼もとても合格には程遠い者が多かった。自分自身が審査される立場でありながら、このようなことを言いたくはないが、私が審査する立場だったら、まず礼法からやり直してくるようにと言っただろう。いや、昨日の審査員の先生方も同じ気持ちだったろうと思う。礼儀作法は社会人としての最低限のマナーである。またしても戦後の明らかに間違った教育の結果であろう。私自身は幼い頃より父親から厳しい礼儀作法の指導を受けた。同じ戦後の教育を受けていても、比較的礼法が身についているのはそのためだろう。この国を建て直すのは容易なことではない。

3月24日(水)

明日から春期講習会が始まる。新小4から新中3まで、全クラス個別指導方式だ。生徒によっては、同学年でも教材が違う場合もあり、準備が大変だ。館長日誌はしばらくの間、休むことになるが、了解されたし。それではまた。

3月23日(火)

先日、所用で伊豆へ行った際、下田の郷土資料館を訪ねた。展示物の一つに古い星条旗があった。幕末の米国領事館に掲げられていた物だという。さらに次のような説明が書かれてあった。1945年(昭和20年)9月2日、日本が戦艦ミズーリ号で無条件降伏の調印をした時、マッカーサー司令官はこの星条旗をわざわざ取り寄せて掲揚したという。ペリー来航以来の日米外交史を彼は意識したのである。日本は幕末に結んだ不平等条約の屈辱を再び繰り返した訳である。勿論、歴史的状況は異なっているかもしれないが、アメリカの軍事力を前にして、不本意ながらの調印をしたことに変わりはないであろう。何度も繰り返すが、今さら、アメリカに恨みがあるわけでも、報復を訴えているのでもない。大切なのは、現在、日本が実質的にアメリカの属国であることを認識することであり、一日も早く、自主憲法を制定し、外交権と防衛権を完全に取り戻し、当たり前の独立国家として自立することである。その上で、アメリカと対等の平和友好条約を締結し直すべきだ。これは日本国民としての悲願であり、21世紀中、できれば、その前半において、達成できればと願っている。幕末時の不平等条約が一応の改正を達成したのは1911年である。約半世紀を要したのだ。今回の目標達成はさらに困難なものがあろう。国民的な覚醒が必要である。

3月20日(土)

柔道の極の形(きめのかた)を自ら特訓する。互いに対座して行う居捕(いどり)八本、互いに立って向かい合って行う立合(たちあい)十二本、合わせて二十本である。極の形は、普段の練習では禁じ手となっている当て身技や小刀、長刀を使っての形であり、真剣勝負の形、あるいは護身の形と言われている。膝を痛めているので対座しての技を練習する時はつらいものがあるが、そんな甘いことは言ってはならないと、頑張る。2時間ほどやったが、まだまだ駄目である。練習不足だ。猛省すべし。

3月19日(金)

新中3生の公民の授業で憲法の成立過程を説明した。敗戦後のアメリカの世界戦略のもとにアメリカ人によって日本の新憲法が作られた事情を話したのだが、そこに屈辱感を感じた生徒は少なかった。国民としての自覚がないようだ。憲法の内容については、この際、あえて触れないことにして、とにかく外国人の手によって作られ、押し付けられた憲法をいつまでも使っているという、異常性を理解して欲しかったので、この点は特に力を入れて説明した。何もいまさらアメリカに復讐せよと言っているのではない。独立国家(本当は、真の独立国家とはいえないのだが)として恥ずかしいことなのだ、ということを分かって欲しいのだ。憲法は自分たち、日本国民の手によって制定しなければならない。当たり前の話である。世界広しといえども、こんな恥ずかしい国は他にない。自主憲法制定国民会議の設立を強く訴えたい。

3月18日(木)

今日は地元小学校の卒業式にPTA会長として出席、祝辞を述べた。以下にその一部を記す。
「私の敬愛する詩人、宮沢賢治は、「生徒諸君に寄せる」と題した詩の中で、「じつに諸君はその地平における、あらゆる形の山岳でなければならぬ」と謳っております。山岳、つまり山にも様々な姿、形があるように、皆さん一人ひとりの個性は、何人たりとも、その代わりを務めることはできません。これからの人生において、皆さんはそれぞれの個性を大切にして、さらにその能力を磨き、すばらしい山々を築いてほしいと思います。皆さんの営みは、この日本列島で祖先の人々が築き上げてきた山脈に連なるものです。先人の人たちの歩みをしっかりと受け止めて、この日本の将来を担う気概を持って欲しいと思います。」
日の丸の国旗も壇上に掲げられており、国歌である「君が代」の斉唱も行われたが、昔懐かしい、「仰げば尊し」や「蛍の光」が全く聞けなかったのは残念であった。日本の学校教育でまともな人間教育が行われるのは一体いつの日だろうか。師弟の礼が行われていないところでどうしてまともな教育ができるというのか。目覚めよ、日本。

3月17日(水)

夜10時から月例のOB会があった。今日は館長の個人的な趣味の一つである日本古代史の研究に話題が集中した。第1の論争点はお馴染みの邪馬台国だが、今日は面白い視点を紹介した。地名相似である。北九州の甘木地方周辺の地名と、奈良盆地周辺の地名とが、偶然とは決して言えないほどに似ているのだ。さらに、宮崎県から鹿児島県にかけての海岸地方の地名と、三重県から和歌山県にかけての海岸地方の地名も同様の関係が認められるのだ。これは何を意味するのか。館長の私見では同じ民族集団の移住していった名残ではないかということになる。つまり、北九州の甘木地方にあった邪馬台国が何らかの原因(卑弥呼なきあとの権力争いなど)で分裂し、その一部が宮崎、南紀へと移住し、さらに大和に入って大和王朝の原形を確立したという説である。同じような見解を発表している専門家もいるので、あながち、素人のデタラメとも言えないのではないか。最近の発掘調査では邪馬台国近畿説が有力だそうだが、東遷説が全く意味がなくなった訳ではあるまいと思う。第2の論争点としては、天皇制の王朝交代説、いわゆる崇神朝、応神朝、継体朝の3王朝交代説が話題となった。さらに、聖徳太子の謎や、天武帝の謎など、話は尽きなかったが、たまたま歴史好きが集まったので、館長も酒の酔いも手伝ってか、夜のふけるのも忘れて話し込んでしまった。OBの皆さん、ご協力感謝します。

3月16日(火)

毎年のことだが、新中1の英語では苦労する。理由は小学校時代から何らかの形で英語を学んできている者が多いため、初めての者とは一緒にできないし、学んできた者の中においても、内容やレベルがばらばらで個別的に対応しなければならないからである。勿論、個別クラスがあるくらいだから、個別対応は本来、問題はないのだが、英語は声をだすことが多い授業のため、他の科目のように、一つの教室で数人が別々の科目を同時に学ぶような訳にはいかないことである。教室をパーテーションで区切ったりして授業を個別にやるしかないが、効率はあまりいいとはいえない。もともと外国語学習は学年別の学習方式になじまないものである。無学年制のレベル方式にすべきだ。北辰館でも英検クラスは全て無学年方式でやっている。学校もそうすべきではないか。それが難しいのなら、学校の科目から外国語を全廃し、全て民間教育の場に任せた方がいい。特に実用会話を目的とした場合はペーパーテストはあまり意味をもたない。入試においても、検定何級以上とかを受験条件の中に入れるなどして、試験そのものは実施しないという方法もあろう。入試改革全般についてはまた別に機会に譲るが、現行の日本の英語教育は早急に改めるべきである。夏目漱石は教師時代に、日本の学生が英語の学習に時間を使い過ぎると嘆いたという。もっと読んでもらいたい本が山ほどあるのに、英語の学習のためにその時間をつぶされていると当時の教育を批判している。本人が英語の教師だっただけにこの意見は重みがある。参考にすべきだ。

3月15日(月)

昨日の日曜日は、家族でピカソ展を見にいった。久しぶりで上野の森美術館に入った。ピカソの絵が若い頃から晩年の作品まで年代順に並んでいて、彼の実人生との絡みに焦点を当てた解説がなされてあった。これも一つの鑑賞の視点だと思う。それはともかく、彼の創作エネルギーの凄まじさには驚嘆する他ない。無尽蔵のエネルギーと言えるだろう。帰りに絵葉書を一枚買った。彼の作品ではない。ピカソ自身を撮った写真である。晩年に近い頃のものと思われるが、実にいい顔をしている。一見、穏やかで、それでいて決して人間としても芸術家としてもその強烈なエネルギーを失っていない、存在感のある顔である。彼の芸術作品の中の最高傑作は、実は自分自身なのかもしれない。この写真を前にしていると、体の奥からふつふつとエネルギーが沸いてくるような感じがする。ピカソに負けないエネルギーが館長は欲しい。あの顔にどこまで近づけるか。ピカソに挑戦だ。

3月13日(土)

南米のペルーから日本へ働きに来ている若者が柔道に入門した。同じ職場の門生の紹介によるものだが、うれしいことである。日本に来てから3年くらいはたっているので、日本語もなかなかのもので、日常生活ではほとんど苦労しないようだ。何より感心したのは、礼儀正しいこと。教えを受ける時の態度が実に真面目で気持ちが良い。受け身の練習を何回も何回も繰り返しさせたが、いやな顔一つせず、黙々と繰り返していた。最近の日本人の若者は、こういう練習を面倒がり、露骨にいやな顔をする者が多いが、それに比べるとこのペルーの若者は実に根性がしっかりしているという印象を受けた。帰りがけに柔道をやる気になったきっかけを尋ねてみた。彼は真剣な顔をして、「家族や自分を守るためです。特に柔道を選んだのはテレビなどで見て自分に合っていると思ったから。」と答えた。これで私も納得した。彼は楽しいスポーツという感じで柔道をやろうとしているのではないのだ。はじめから気構えが違うのだ。彼こそまさしくこの館長が求めている人材といっても良い。この南米の若者に日本の武士道精神を徹底的に叩き込んであげたいと思う。日本の若者たちよ、負けるな。

3月12日(金)

地元の中学校の卒業式に来賓として出席した。卒業生の最前列に座っていた中3生の何人かが足をだらしなく前に伸ばしたままでいた。そのうちの一人は校長先生の挨拶の間、足を横に組んだままであった。よく見ると、片耳に大きな金色のピアスが光っていた。卒業生全員が起立して合唱する時、最前列のピアスの生徒は最後まで起立することなく、だらしない格好で座ったままであった。列の中ほどにも立ち上がらない生徒が何人かいたようだった。合唱の最中に2,3人の生徒が奇声を発して、卒業生の大半の者がげらげら笑い出した。ほんの10秒ほどの出来事だったが、その後も、歌が終わるまで私語する者が多かった。まともに口を開けて歌っている者は半分もいなかった。卒業証書を授与される時にまともな礼をしていた者は数えるほどであった。気を付けの姿勢ができていた者も数えるほどで、今日の学校教育には礼儀作法が全く欠落していることがよくわかった。勿論、基本的な礼法は家庭の責任だが、社会人としての礼儀作法を集団生活の中で身につけさせ、完成させるのは学校の責任であろう。戦後の日本は戦前、戦中のいわゆる軍国主義を清算しようとして、なくしてはならないものまでなくしてしまった。この国を建て直すことは容易なことではない。

3月11日(木)

ある新聞に次のようなことが書いてあった。中国政府のシンクタンクである中国社会科学院・日本研究所の副所長が来日した時に、「中国は米国と平等だが、日本は軍事同盟によって米国の半ば属国である」と言ったそうだ。また、米国の元財務副長官のホームページには「日本は米国の属国だから勝手な振る舞いはさせない」と書いてあったそうだ。諸君はこれをどう受け取るか知らないが、日本が米国の実質的な属国だとする見方は国際政治の上では常識であり、誠に悔しい話だが、これが正しいものの見方なのである。敗戦によって押し付けられた屈辱的な憲法を半世紀以上にわたって持ち続け、それを恥じとも思わぬ国民など、世界のどこにいようか。自らの手によって、憲法を制定してこそ、日本は真の独立国家となるのだ。憲法の内容については、それぞれに意見があろう。それは当然だ。おおいに国民的な議論をすべきだ。大切なことは、自分たちの手で作るということだ。現状を恥ずかしいと思わぬことこそ本当に恥ずかしいことなのだ。さらに言えば、国の外交権と防衛権を自分自身の力で確立してこそ、属国の状態から脱却し、他国と対等の独立国家になれるのである。平和を維持するのも、米国や中国と平和友好関係を築くのも、国連への協力も、全ての国の活動はそれから始まるのだ。何としても21世紀中にはこの国民的悲願を達成したいものである。ひとりでも多くの若者にこの思いを伝えたい。共に立ち上がってくれる日本人はいないだろうか。いや、館長はたとえ一人になってもこの悲願達成に向かって努力を続ける覚悟である。

3月10日(水)

昭和20年3月10日、東京大空襲。アメリカ軍の爆撃によって一晩で10万人以上の市民が虐殺された。これは、広島、長崎への原爆投下に並ぶ大虐殺であり、いずれもアメリカ軍による歴史的、非人道的虐殺行為である。戦場における兵士同士の戦闘行為によるものではない。虫けらのごとく非戦闘員の一般市民が殺されたのである。しかし、館長は今、アメリカを非難するつもりはない。恨みを抱いて、再びアメリカと戦争しようとは思わない。ただ、大切なことは、今次大戦において、アメリカ軍が日本国民に対して、非人道的な大虐殺を行ったという歴史的事実だけは日本国民として記憶の中にしっかりととどめておくべきだということである。戦争とは政治的行為の一つであるが、互いに殺戮し合うことにかわりはなく、やらないにこしたことはない。ただ、してしまった戦争については、どちらが悪いとか、決め付けることはできない。どちらも命懸けで戦ったのであり、悪いといえば、どちらも悪く、良いとは言えないにしても、どちらにも主張したい正義はあるのだ。要するにお互い様なのだ。しかし、戦後の日本では、日本だけが極悪非道の国となり、一片の正義すら認められなくなってしまった。敗戦国の宿命かもしれないが、もういい加減にして欲しい。日本は一日も早く、属国の状態を脱却し、真の独立国家になるべきなのだ。いつまでも今日のような屈辱的状態に甘んじているのは、歴史的にも国際社会においても恥さらしもいいところである。この気持ちがどうして今の日本人はわからないのだろうか。なぜいつまでも覚醒できないのか。アメリカとも中国ともロシアとも、対等に平和友好条約を締結すべきなのだ。幕末の時やむをえず結ばざるを得なかった不平等条約を、平等なものとするべく血のにじむ努力をした先人たちの気持ちがわからないのか。この国の国民としてのエネルギーと正義感はどこへいったのか。館長は今、絶望というよりは心の底からの怒りを感じている。

3月9日(火)

新中1の英語の授業をやっていて、塾生(女子)が言った。「英語なんかできなくても生きていけるのに、何で勉強しなければいけないの。」まったく素直な疑問である。館長自身、昔、英語の学習がきらいで、同じように感じていたことがあった。それはともかく、この疑問に答えを与えなければならない。文化交流だとか、国際化だとか、お決まりの言葉をいろいろと並べ立て説明はしたが、彼らの日常生活において、具体的な場面があまりないことを思うと、なんだか説明に空しさを感じた。前にもこのことについては論じたと思うが、日本人が外国語を習得しようとする時、一般的にハングリー精神に欠けてしまうのが、最大のネックだと思う。余程のせっぱ詰まった目的がないと気合が入らない。当たり前かもしれないが、日本人にとっては切実な問題だ。まずは教える立場の人間が前向きに外国語に取り組み、かつ楽しんでいる姿を見せることが大切なのではないか。興味を持ってもらわなければ何事も始まらない。館長は塾生たちにそこのところはどんなふうに映っているのだろうか。これは真剣勝負だ。

3月8日(月)

新小学1年生(男子)に悪戦苦闘中なり。まず、トイレの使い方から指導しなければならない。使った後、点検したが、アチャーということで、トイレの使い方の特訓から始めた。勉強の方は、いかに1時間の授業をもたせるか、が当面の課題である。教材は勿論、授業の流れまで、余程しっかりと準備しておかないと、パニックになる。絵を描くことが好きな子なので、絵を描くことを作業のなかに取り入れている。ポケモンが好きだというので、こっちも俄勉強だが、ポケモンの絵を教材に使ったり、館長自ら絵を描きながら、とにかく楽しくやろうと努力しているのだが、なかなか思うようにはいかないものだ。しかし面白くもあり、低学年指導の良い経験になる。今までにも、兄弟入塾という形では面倒を見たこともあり、新1年生は初めてではないが、指導方法をばっちりと確立している訳ではなく、状況に応じて臨機応変にやってきたが、このあたりで基本的なスタイルを確立して置こうと思う。まずは礼儀作法から。できれば親の教育もした方がいいかもしれない。北辰館精神を親子ともども叩き込むのだ。やるべし。

3月6日(土)

PTAの総会に出席。会長の重任は3年までという規約に則り、新会長が無事選出され、私はやっと会長職から解放されることになった。もっとも3月31日までは任期が残っているので、卒業式や役員慰労会、辞校式などにはまだ出席しなければならないが、とにかく肩の荷が下りた感じだ。この3年間を振り返って、反省すべき点も多いが、学校の中味がかなり見えてきたことや、教育委員会へ出入りすることも多かったためか、教育行政についてもいろいろと勉強する機会に恵まれたことは、良かったと言うべきだろう。この貴重な体験をこれからの人生や仕事に生かしていきたいと思っている。PTAに関しては、論じたいこともないわけではないが、まだ頭の中が整理されていないので、別の機会に譲りたい。ところで塾の方は、この一週間で来週から始まる新高1クラスを除く全ての新年度クラスが順調なスタートを切った。どの塾生もやる気が感じられ、好感が持てる。この調子で頑張ってもらいたいものである。

3月5日(金)

昨日の公立高校の合格発表では全員が合格した。本人からの電話や、保護者からのお礼の電話など夜になってからも事務所では合格の話題が飛び交い、にぎやかな一日となった。とにかくこれで98年度が終わってほっと一息である。もっとも1日から新年度が始まっており、のんびりしている暇などないが。早くも中3の合格者から高校クラスへの申し込みが来ており、来週から授業が開始される。もたもたしてなんかいられない。さあ、教材を確認し、今一度しっかり予習しなくては。忙しいのはいいことだ。

3月4日(木)

小学生の国語の時間に、教材の本文を順番に読んでもらったが、あまりにもたどたどしいのには驚いた。勿論、すらすら読める子もいるが、8割はつっかえつっかえ読んでいる。国語力の一般的低下は前から分かっていたことではあるが、やはり問題である。本を声を出して読むという、もっとも基本的な訓練ができていないのだ。家庭でも学校でもほとんどやっていない。学校の国語の時間には徹底的に朗読させるべきだ。また、暗唱も大切だ。国語を身につける上で、朗読や暗唱は基礎中の基礎である。もう一つ、気がついたことだが、子供たちの声に張りがない。騒いでいる時は、確かにうるさいことはうるさいのだが、朗読をさせると、まことに自信のないような、情けない声をだす。力がないのだ。気迫もない。我が柔道場では思いっきり声を出させているが、授業中、ペチャクチャうるさいのに限って、蚊のなくような声しか出ない。要するに、人間として自信がないのだ。大地をしっかりと踏みしめて立っていないのだ。これも戦後の教育の影響だろう。歴史を否定され、祖国への誇りもなく、独立国家としての気概もなく、育てられてくれば当然の帰結かもしれない。何としても本然の姿を取り戻さなければならない。北辰館の教育を通して、私はできるだけのことをしたい。断固、やるべし。

3月3日(水)

高1の学年末テスト対策で階差数列や漸化式を教えながら、ふとこの度の高校新学習指導要領案のことを考えた。必修単位を削減し、生徒の選択に幅を持たせるのは、多様性という視点からは歓迎すべきだろうが、まったく数学を学ばなくても良いことになるのには、やはりいささか抵抗がある。たとえば、数学の基礎として、数列なら、等差数列、等比数列の基本ぐらいは教えるとか、内容を基本だけに絞って構成したらどうだろうか。最低限の必修は残した方がいいのではないか、と思うのだが。それにしてもどうも、最近の教育改革論は子供たちの変化に迎合するような傾向があるのではないか。国家の目標としてどのような教育を国民に対して行いたいのか、その辺のところが極めてあいまいなのではなかろうか。私学や民間教育に関しては、また別の考え方もあるだろうが、公教育とは極めて国家的なものであり、国家の目標が明確であることが成立条件である。この視点を忘れての改革案は机上の空論といってよい。教育は国家百年の大計である。大胆に、しかも慎重に考えたい。

3月2日(火)

高3の英文解釈の第1回目の授業でマハテイール氏(Malaysian Prime Minister Dr.
Mahathir Mohamad)の「小国対大国」という英文を補助教材として使った。国際情勢の学習にもなり、なかなか好評だった。I want to be independent.To be independent
means not taking orders from others.この箇所は館長としては特に強調したかったところである。現在の日本は真の独立国家とは断じて言えない。自国の防衛権も外交権もまともには行使できないのだ。敗戦によって占領軍に押し付けられた屈辱的な憲法を国民自らの手によって改正することもなく、半世紀以上が過ぎてしまった。国民の手によって自主憲法を制定し、防衛権も外交権もまともに行使できるようになってこそ、日本はまともな独立国になるのだ。いつの日か、それは必ず実現させなければならない。これは日本国民としての国民的悲願である。

3月1日(月)

今日から新年度がスタートした。1対4の完全個別クラス、1対6の選抜特訓クラス、1対8の一般練成クラスと、全てのクラスが始まった。事務連絡も問題なく、全塾生がスムーズに新クラスへ移行し、新たな気分で授業に臨んだ。今年は新教材が多く、予習が大変である。気合いを入れて頑張りたい。

バー

HOME   BACK   e−mail