館長日誌 1999年 5〜6月

6月25日(金)

期末試験対策がいよいよ本格的になってきた。今日から一週間ほど日誌を休みたい。了解されたし。以上。

6月24日(木)

国語の長文読解の指導をしていて感じたことだが、生徒たちは本当に読んでいるのだろうか。小学生にしても中学生にしてもきちんと文章を読み、内容を正確に把握することができない者が多すぎる。何と言っても普段からの読書量が少なすぎるため、読むこと自体が苦痛であり、不慣れなのだ。問題を解く所ではない。国語の教科書も試験直前だと言うのにほとんど読んでいない。関心も興味もないような者が多すぎるのだ。読書は人間形成の核となるものを育成するための必須の栄養である。このままでは人間としての核を持たない、浮き草のような人間ばかりとなろう。そればかりではない。文化の母体は言語である。このままでは日本語と共に日本文化も衰亡の道をたどるであろう。外国語教育も大切だが、母国語である日本語もおろそかにしてはいけない。まずは読書の楽しさを教えなければなるまい。以前やっていた朗読会でも復活させてみようかな。それにしてもやりたいことがたくさんありすぎて本当に時間が欲しい。

6月23日(水)

期末試験の対策に追われている。学校別、学力別、完全個別と、あらゆる対応策をとっているが、なかなか完璧な方法はない。集団指導はある程度の学力があり、意欲に燃えている者には効果的だが、学力の低い者や、そもそもあまりやる気の無い者には適切な方法とは思えない。かといって、個別的なら完璧かと言うと、どうしても甘えが生じ易く、だらだら学習に陥りやすい。指導する者が余程しっかりしていないとナアナアになってしまう。最近ではさらに学級崩壊、もしくはそれに近い状況の学校が多く、今、教科書のどこを学習しているのかも分からない者もいる。本人の責任と、単純には決め付けられないものがあるようだ。一方、社会的視野を持たず、個人としても将来に確たる展望や夢を持たない若者も増えているようだ。子供たちの教育は国家百年の大計である。日本の将来を考えると、とてもこのままにしては置けないと思う。

6月22日(火)

語学学習の状況を正直に報告する。英・独・仏・伊・アラビア語のテキストはどれも最初の2ページまでしか読んでいない。それぞれテープもしくはCDがついているのだが、ほとんど聞いていない。どれも最初の5分間だけである。恥ずかしくてこれ以上の報告はやめたいが、ここでいまさら引き下がるわけにもいかない。1日にそれぞれ5分ずつでも時間を確保して頑張りたい。ハロウ。グーテン・ターク。ボンジュール。ブオン・ジョルノ。ナハーラック・サイードウ。全く、えらいことになったわい。

6月21日(月)

英国外務省の概算によると、コソボ各地で約1万人が過去3ヶ月間の「民族純化」で虐殺されたということだ。民族・宗教紛争の深刻さをあらためて思い知らされた。人間は何故、これほどまでに、争い、憎み、殺し合うのか。第1次世界大戦後の誓いも、第2次世界大戦後の希望も、全てはアワと消えたと言ってよい。人類の残された道は、戦争と虐殺を繰り返し、滅亡する道しかないのかもしれない、などと悲観してしまいそうだ。しかし、ここであきらめてはなるまい。粘り強い、国際平和への訴えかけが必要だ。国家の防衛と平和への戦略を同時に行っていくことは確かに難しいが、何としてもやらねばならないことである。日本は新憲法の制定によって、国家の安全保障体制を確立するとともに、世界史上唯一の被爆国として、また、東京大空襲をはじめとする一般市民への非道な大量虐殺を経験した国として、世界平和への道を訴えていくべきである。

6月18日(金)

私立中学・高校の説明会で、ここの所、連日時間をとられている。どこも進学一点張りで、今の日本にとって必要な国民教育の視点が全くない。いくら英語や数学ができても、国民としての国家への誇りをもてないような者は何の役にも立たない。反日勢力に洗脳される危険性すらあるのだ。このようなことに関心を示そうともしない私立学校などは無用の長物である。誇りのもてるような国史教育や国家の安全保障の大切さを教える国防教育を訴えるような私立学校が出現しない限り、私立教育はこれからの日本における存在意義をあらためて問われることになろう。憲法における教育の自由などという、筋違いな議論をしてはいけない。国民として一人前の存在になっていない青少年に対する教育は個性の伸長だけであってはならない。国民として国家を背負っていく能力とその気概を育成することこそが何よりの基本である。戦後の日本は私権の拡大にのみ目を奪われてきた。しかし、もういいだろう。公の精神を取り戻す時が来たと思う。要はバランスである。日本は教育も政治も文化もそのバランスを取り戻さなくてはならない。

6月17日(木)

高校生とコソボ紛争について話し合った。思いがけず関心の深い者が一人いたが、あとはほとんど関心をもっていなかった。現代の日本の高校生に国際的視野を求めるのは本当に難しい。現状の説明をしてから、意見を求めたが、戦争はよくない、話し合うべきだ、という答えしか返ってこない。なぜ殺し合うのか、その気持ちが全く分からない、という意見もあった。民族の歴史的な背景を説明してもほとんど関心を示さない。いや、それどころか、歴史を話すと、とたんに面白くないという顔をする者もいた。歴史的な思考に対して拒絶反応があるとしかいいようがない。国民として歴史感覚を失ってしまったら、その国民は必ず他国に支配される。国際感覚を持てない国民は国際的に孤立し、その国は必ず経済的にも文化的にも衰退する。平和至上主義と言う巧妙な洗脳戦略によって骨抜きにされた国家は必ず他国によって滅ぼされる。日本の将来はこのままでは本当に危うい。覚醒せよ、日本国!

6月16日(水)

夜10時半から定例のOB・OG会があった。中学からの塾生で、高校3年次にアメリカの高校に留学し、無事に卒業してきた女の子が久しぶりで来塾した。本当によく頑張ったと思う。見事なことだと思う。ひさびさの快挙という感じだ。こういう若者がもっと出てきて欲しいと思う。今春、大学に入学した高校クラスの塾生たちも参加してくれた。彼らにとっては今が一番楽しい時期かもしれない。不況の中で苦しんでいる先輩の社会人たちを横目に話が盛り上がっていた。いろいろな道があっていい。いろいろな生き方や、価値観があっていい。ただ、大切なことは自分の言動に責任をもつことである。人間は誰でも一個人であるとともに社会的存在でもあることを忘れてはいけない。彼らが一日も早く一人前の社会人に成長することを願っている。

6月15日(火)

ソウル発のニュースによると、黄海上の南北境界水域で、韓国側水域に侵入した北朝鮮魚雷艇など三隻と警戒出動中の韓国側艦艇の間で銃撃戦が発生した模様である。詳細はともかく、起こるべくして起きたというべきだろう。今後の推移はどうなるのか、油断はできない。日本国としては冷静に事態の推移を見守るとともに、不測の事態に備えて、万全の警戒態勢を敷くべきだろう。コソボの次は朝鮮半島有事となって欲しくはない。南北両国だけではなく関係各国の賢明な判断と行動を期待する。

6月14日(月)

国旗・国歌の法制化を支持する。もともと国旗・国歌は伝統と慣習によって自然と国民の間に定着するものであって、法制化にはなじまないものかもしれない。しかし、戦後の日本の政治的、社会的現状を見れば、法制化もやむを得ぬものと考える。自殺者まで出た教育現場の混乱は尋常ではない。戦争アレルギーとも呼ぶべき異様な感情が一部の国民にあるのは事実であり、日の丸、君が代に特別な感情を持ってしまう者がいることは素直に認めるし、戦争における悲惨な体験を思えば、また多少の同情心を感じないわけではないが、この国の歴史と将来の安定を考えると、このままいい加減にしておくことは許されないだろう。世論調査でも3分の2以上が賛成している以上、素直に決着をつけておくべきである。仮に過半数の反対となれば、その時、新たに国旗・国歌を定めても良いわけで、大切なことは、これ以上の混乱を放置しておいては国家の安全保障上も問題となりかねないということである。国旗・国歌は単なる旗でも歌でもない。国民の統合の象徴でもあるのだ。国民としての公的意識の基盤と言ってもよい。ここにいささかなりとも意識的空白ができれば、必ずや反日勢力につけこまれるすきを与えよう。だからこそ放置することは断じて許されないのだ。それにしてもこのようなことを論じなければならない日本と言う国はまことに情けない国である。祖先の霊に対して申し訳がないではないか。一日も早く、日本が真の独立国家となることを願わずにはいられない。

6月11日(金)

某私立中・高の説明会に出かけてきた。郊外にあるため周りの景色はすこぶる良く、見晴らし抜群、自然環境抜群の校舎であった。設備は最近の傾向か、デラックスで中高生にはもったいないような気がするほどだ。肝心なのは教育の中味であろう。入れ物も大切と言えば大切には違いないが、館長の中学、高校時代を思い出すと、本当に隔世の感がある。この入れ物に見合うほどの中味を育てるのは大変なことだろう。あえて言えば、教育は心で行うものであり、設備や校舎自体は二の次であろう。しかし、保護者の意識が低ければそれを無視することもできないところが、学校経営の難しさだろう。塾の経営でもそれは同じである。民主社会は国民の意識のレベルに左右される。教育も保護者の意識のレベルに左右される。されど、教育者としてはその中で己の教育理念をどこまで貫けるかが勝負所となろう。教育者は己の信念をゆるぎないものとし、その実現に向けて邁進することが大切である。自戒の言葉としたい。

6月10日(木)

外国の大学へ留学している教え子に影響されたのか、最近、外国語への興味が驚くほど湧いてきた。英語は仕事柄、毎日のように勉強しているが、その英語についても今までとは違って、より積極的な気持ちになってきてばかりか、ドイツ語、フランス語、イタリア語、さらにはアラビア語までにも関心が深くなってきた。今日は、本屋で英、独、仏、伊さらにはアラビア語の会話入門書などを買ってきてしまった。今から少しずつ勉強して将来これらの国々を訪れる日を待ちたい。ところで日本古代史に興味のある館長としては朝鮮語や中国語、さらにはモンゴル語にも関心があるのだが、あまり欲張っても、限界があるため、今のところは、英、独、仏、伊、アラビア語あたりにしておきたい。もっとも、英語はともかく、他の4カ国後は基礎的な会話までを当面の目標にしたいと思う。英語だけでもこれだけ苦労しているのに、そんなにできるわけがないと思うのだが、老後のことも考えて、今から楽しみの基礎だけでも作っておきたいと思う。これらの語学学習の状況はこの日誌のなかで報告していきたい。さてどうなることやら。

6月9日(水)

朝5時半に起床。6時過ぎの電車に飛び乗り、7時半、国会議事堂近くの自民党本部に入る。某衆議院議員を座長とする朝食会に出席するためである。今日は、先日も話した生涯学習審議会の答申が公表されるため、この問題に関して何か情報でも得られればと思ったのである。結果的には特別な情報は得られなかったが、自民党行政改革推進本部が作成し、政府に提出したばかりの改革案についての説明を聞いて、いろいろと学ぶことがあった。自己紹介の機会があったので、自塾のことや、今日の教育に対する意見を述べた。競争意欲や将来への希望を失っている若者が多くなりつつあることなどを述べて、危機感を訴えたところ、出席者からはかなりの共感があった。さて、朝食会終了後は自民党本部を後にして、10時から池袋で開かれた所属塾団体の理事会に出席した。例の答申に対してどう対応していくのかが緊急な課題として取り上げられた。根拠のいい加減な規制に対しては反対の立場を明らかにしていく方針で一致したが、今後の状況次第では業界にとって深刻な問題ともなりかねず、慎重に見守っていくことが必要だろう。民間における自由な教育の権利が抑圧されることは断じてあってはならないことである。

6月8日(火)

特別に朝から出かける用事のない平日の午前中は、健康のために近くの公園を早足で散歩することにしているが、今日はその早足が思わず止まった。紫陽花(あじさい)がみごとに色づいていたのだ。しばしの間、柄にもなく、花に見とれながら、ゆっくりと散策を楽しんだ。たまにはこういうひとときがあってもいいだろう。

6月7日(月)

某衆議院議員の生涯学習審議会答申案に関する説明会が都内で開かれた。所属塾団体の広報局長という立場もあり、出席して話を聞いてきた。先日もこの日誌で紹介した通りの内容で、塾業界に対する行政指導がいよいよ始まることがほぼ確実になってきた。民間教育に国家権力が介入することは余程のことがない限り、容認できない。その意味で今回の答申案は根本的に反対せざるを得ない。ただし、子供たちの「生きる力」をはぐくむことや、知徳体のバランスの取れた人間形成など、その方向性には同意するところも多い。問題は塾に規制を加えることによって問題が解決するかのような印象を与える文章であることだ。戦後の教育問題は基本的には真の独立国家とは言えない日本の国家的有様に最大の原因がある。さらには、やむを得ぬ事とは言え、戦後の経済復興期以来の経済至上主義が社会的価値観に多大な影響を与え、科学技術の発達とともに、社会生活全般にわたる大変革をもたらしたことも見逃せない。学校制度の表面的な手直しや塾への規制などで解決できる問題ではないのだ。とにかく、塾への規制は原則として許すべきではなく、家庭生活の再構築など、社会生活全体の改革に取り組むべきである。

6月4日(金)

新聞報道によると、昨年一年間の交通事故による死傷者数は99万9886人で、過去最悪を更新した。死傷者数が約100万人というのは驚くべき数であり、もはや事故というより、戦争である。死者数は減少傾向にあるというが、1万人近い人数であることには変わりはない。負傷者数は若者(16歳から24歳)が最も多く、全体の24.5%を占めた、という。若者が自動車に夢中になったり、それに頼る生活をしてしまうのも、現代社会の流れというものだろうし、理解できないことはない。しかし、である。自動車に頼らない生活はできるはずだ。現に、我が家は今、5,6年前から自動車を持っていない。どうしても週末ドライバーとなることから、安全を考え、また、健康的な見地からも思い切って決断した。しかし、その後不自由を感じたことは一度もない。出かけないのではない。おそらくたいていの家族よりは、普段からリクリエーションで出かけることは多いと思う。歩くことも多くなり、健康にも効果があると思う。要は心の持ちようである。自動車に頼らない生活を皆がもっと心がければ、それだけでも事故は減るだろう。自動車産業のことを考えると軽々しいことは言えないが、何がなんでも車、車という社会はおかしいと思う。仕事上は別として、個人的な生活習慣からできるだけ車を追放しよう出はないか。環境問題にもプラス効果があろう。

6月3日(木)

某私立中高の説明会に出かけたが、途中で嫌になった。入試担当者曰く、「我が校を第一志望とすれば誰でも入れます。試験は形式的なものです。是非、一人でも多くの受験生を我が校に送ってください。」私立学校の経営の苦しさをわからないではないが、受験生、というより日本の若者を駄目にする入試制度はやはり容認できない。今日の推薦制度は若者を馬鹿者にする制度であり、いくら経営のためとは言え、生徒に迎合し、さらにはこの日本を危うくするような制度は即刻全廃すべきである。私立学校の経営者や先生たちも、正道を歩む覚悟をして欲しいものだ。塾でも同じ状況が考えられるが、少なくとも、我が北辰館では若者を馬鹿者にするような経営は行ってはいない。いかに経営が大切とは言え、一線を越えた迎合は絶対にしていない。日本の現行の教育制度は入試を含めて、日本の若い力を衰弱せしめ、さらには、日本国家の衰退を余儀なくさせられる亡国の策である。危うし、危うし。目覚めよ、日本国民。団結せよ、憂国の士。

6月2日(水)

所属している塾団体からFAXが入った。新聞の報道である程度の情報はつかんでいたが、FAXで送られてきた内容をみて驚いた。生涯学習審議会第二分科会答申案によると、夜7時以降の小学生指導の自粛、学校五日制実施の際における土日の営業自粛など、明らかな営業制限である。民間における教育の場が制限されるということは、自由な教育活動の抑圧と言っていい。民主社会の前提は教育の自由にある。一体文部省は何を考えているのか。子供たちに自由な時間を与えることは必要なことではあるが、だからといって、その時間の使い方にまで国家が介入することは許されない。これは全体主義への道を開くことになる。断固反対する。今日の文部政策には誠に容認しがたいところがあるが、今回の政策もその影響下にある。つまり、日本弱体化政策という、反日政策である。ゆとりといえば聞こえはいいが、その隠された真の目的は日本の青少年の競争意欲を喪失せしめるとともに、総体的学力を低下させ、激烈な国際競争社会においての国家的脱落を意図するものである。さらに自虐史観による国民的誇りの否定は日本民族のエネルギーを封じ込めるものである。文部省はまさに反日勢力の巣窟となった感がある。ゆとりが大切なら、まず部活動の時間を制限することから始めてもらいたいものだ。今日の部活動の有様をそのまま容認しておいて塾だけに規制を加えるというのは片手落ちである。いや、塾への規制は絶対に許されない。部活動を含めた学校における教育時間こそ制限されるべきである。国家は教育を独占的に支配してはならないからである。本来は文部省にこそ国家としての教育を必要最小限の時間でしっかりやってもらい、個別に対応する教育は民間に任せるというのが理想だと思うが、現実は余りにもかけ離れたものになっている。我々塾人としてはできることから始めるしかないだろう。ペンによる啓蒙がその第一歩となろう。「ペンは剣よりも強し」である。

6月1日(火)

中間テストの結果がぞくぞく入ってくる。今のところ、特に落ち込んだ者は一人もいないようだ。それどころか全員が成績アップを果たしている。上々の結果だ。その成果の影響なのか、新しく3人の入塾申し込みがあった。例によって、塾生の紹介によるものだ。ありがたい話である。ここ10年以上に渡って、チラシを一枚もまいていないが、何とか経営ができているのは、この口コミのおかげである。地道に誠意をもって塾生たちに接してきた成果だと自負している。これからも、前に紹介した五省の文句の一つ「至誠にもとるなかりしか」ではないが、誠一筋に頑張りたい。

5月31日(月)

昨日の日曜日は、北辰館スクール恒例の春季ハイキングだった。小学生を主たる対象として、希望者は中学生も参加できる形で行った。ほとんどの小学生がお稽古事や、野球、サッカーなどで忙しく、中学生に至っては部活部活で全く暇がない中で、それでも小学生8名、中学生4名の参加があったのは、ありがたいというべきだろう。引率は館長である私と、妻と、教え子の非常勤スタッフの3名である。このスタッフはパソコンの得意な飯野君である。彼は大学時代にワンゲルでならした、ベテランの山男であり、こういう時の引率にはうってつけである。彼のおかげで私は安心して生徒を連れていける。勿論、事前の下見登山は、去年のうちに家族で行っているのだが、いざという時を考えると心強い。さて、今回の行き先は陣馬山である。相模湖から陣馬山頂上までを往復した。さわやかな好天に恵まれ、楽しい登山であった。上り3時間半、下り2時間の行程であった。山に慣れていない子供たちにとっては、かなりきつい登山だったろう。しかし、一人もバテる者もなく、全員無事に下山した。頂上からの見晴らしも良く、子供たちにとっては、楽しくもあり、苦しくもありの、良い経験になったであろう。さて、秋はどこへ行くか。今からプランニングが楽しみである。

5月26日(水)

ひたすら、中間対策あるのみ。時間なし。館長日誌は来週までしばらくご勘弁を。

5月25日(火)

各中学、高校ともに中間テストの週に突入した。今日は、授業日ではない生徒まで自習に来たため、塾内は熱気でむんむんした。クーラーを入れたほどである。中学生は英語、数学、国語、理科、社会の5科目、高校は英語、数学、国語、さらに世界史と化学まで質問が来た。私の机の上は、各科目のテキストやら、参考書やらで山のようになった。質問があるたびに、この山をかきわけて、テキストなどを引っ張り出しながら、説明する。とにかく全ての科目を同時に個別に指導するため、目が回りそうである。対策プリントなども個別に用意しなければならない。猫の手も借りたいほどである。しかし、こうした時が、私にとっては最もやりがいを感じる時であり、猛烈なファイトが湧いてくる時だ。最後の高校生が帰ったのは夜10時半を過ぎていたが、不思議とこういう時は疲れを感じない。直ちに風呂に入ってから、また事務所に戻り(自宅とくっついていると、こういう時は便利である。)、明日の準備に入った。最低限の準備だけでもしておかないと、とても明日の昼間だけでは間に合わないのだ。就寝は3時半になった。明日は7時に起きる。おやすみなさい。

5月24日(月)

新しい国語辞典と英和辞典を買った。普段、予習などに使っているのが、ぼろぼろになってしまったからである。そんなに乱暴に扱ってはいないと思うのだが、やはり酷使したのかもしれない。それはともかく、今の生徒たちは辞書を引かない。本当に徹底的に引かないのだ。あきれるというか、恐れ入るというか、とにかく、いかに注釈付きの教材を使っているとしても、基本的に語学学習には辞書は必携のはずである。ところが、彼らはどういう勉強をしているのか、辞書さえ持ってこない。聞けば、辞書そのものを持っていない者もいた。開いた口がふさがらない。日本の外国語教育について、いろいろ言いたいこともあるが、国民の極一部はともかく、一般的中学、高校生の語学学習は目茶苦茶である。このままでは、日本は確実に国際化の波に乗り遅れることになろう。但し、これについては生徒を責めるよりも、戦後の生徒迎合主義に問題があることを指摘しなければならない。またまた戦後の日本社会の有様にかかわってくるのだ。何度でも繰り返すが、戦後の日本は国家として異常な状態を放置してきた。はっきり言って半独立国家である。自主憲法を持たず、持てず、防衛権も外交権も持てないような国はまともな国家ではない。教育とて同じである。まともな教育がおこなわれるはずもないのだ。まことに恥ずかしいことである。しかし、これを恥ずかしいことと思わずに、うやむやにして、金がもうかればいいではないか、平和ならいいではないか、と国民としての誇りも捨て去ってきたのが、戦後の日本なのだ。このままでは、本当にまずいのだ。国際的にも、いずれは、孤児となり、誰からも相手にされなくなるだろう。日本は世界史の中から姿を消してしまうかもしれないのだ。亡国である。日本人は世界中に難民のように散らばり、この列島はどこかの国の領土となろう。経済的繁栄どころか、貧しい民として流浪の生活を余儀なくさせられるかもしれない。反日勢力とはそれを望んでいる連中である。そうなってもよいのか。日本人としての誇りはないのか。どうか目覚めて欲しい。日本人よ、次代を背負う若人よ、覚醒せよ。

5月21日(金)

北辰館の春のハイキングは陣馬山に決定した。町会の運動会との関係で、日程はまだはっきりしていないが、とにかく準備に入った。対象は小学4年から6年まで。生徒たちに聞いてみると、ほとんどの生徒は、学校の遠足以外にハイキングなどしたことがない、という。また、車、車で、歩くことが少ないのも共通している。これはいけない。自分の足で、汗を流しながら大地を踏み締めて歩くことは、人間としての生きる力の根源である。まして、緑豊かな山に入り、自然の息吹を感じるならば、心も洗われ、新たな希望に満ち溢れるであろう。もともと人間は森の民であった。山を神と崇め、森の息吹と共に生きたのである。人工的な都市の空間は、いかに生活上の便が良くても、心の底からの安らぎを得ることはできない。諸君、山に行こう。志のある者には、無尽蔵のエネルギーを与えるだろう。人生に迷いがある者には、人として行くべき道を教えるだろう。心傷ついた者には、さわやかな癒しの風が吹き、そして新たな希望と勇気が湧いてくることだろう。さあ、森の精に会いに行こうではないか。

5月20日(木)

娘の小学校で授業参観があった。妻が帰ってきてから言うには、「学級崩壊とか学校崩壊とか言ってるけれど、生徒以上に問題なのはお母さんたちの態度ではないかしら。授業中に後ろでおしゃべりはするは、廊下で立ち話はするは、あれではとても子供にしつけをするどころではないのでは。」確かにそうかもしれない。子供もかわいそうだし、親たちもかわいそうだ。つまり、彼らは、まともなしつけ教育を受けないで育ってしまったからである。今の親たちの世代は、高度経済成長時代に子供時代を送っている。経済至上主義の犠牲者である。しつけどころではない。その親たちも敗戦後の混乱を経て、食べていくことが最優先の時代だった。敗戦はまことにこの国を道徳的にも崩壊させたのである。軍国主義を否定しようとするあまり、またアメリカの占領政策の影響もあって、日本は人間としての、あるいは社会人としての当然のしつけや礼儀作法すらタブーとされたのである。しかし、もういいだろう。いつまでも愚かな社会であってはならない。日本人よ、覚醒せよ。我が同胞よ、この国と、この国の子孫のために、今こそ、目覚めようではないか。

5月19日(水)

今日は定例のOB&OG会があった。いつもの通りのよもやま話で始まったが、我が北辰館スクールの創設20周年に話が及んだ。1980年の創設だから、確かに来年の3月で満20年を迎える。つまり今年は20年目に突入していることになる。これは何か、記念祝賀会か記念行事をやらねばなるまい、と話がはずんだ。早速、今日来ているメンバーで準備委員会を設立することになった。卒業生一同に声をかけ、ささやかながらも、心のこもったものにしようということになった。館長としてもこれを機会に、日頃からの様々な思いをまとめて、何か小冊子にでもしてみようかと考えている。また忙しくなりそうだ。

5月18日(火)

業界新聞の案内が届いた。受験情報特集とあるので、何か参考となる資料でもあるかな、と読んだのだが、いやになって、途中でやめた。推薦制度という、諸悪の根源に対して、何の疑問も呈していないばかりか、いかに、この制度をうまく利用して、楽に進学するかという、ノウハウものだったからである。競争することは決して悪いことではない。入試を目指して努力して何が悪いのだ。試験という関門を通過するという経験がどれだけその後の人生を支えるに自信となるか、いや、第1志望校に入れなくても、第2、第3を目指せば良い。大切なことは、自分自身の力で入れるところに入るということである。推薦制度も内申点を重視すれば、普段の努力の成果を見るのだから、同じ様なものかもしれないと、いう意見もあるが、それは違う。入学試験という場を経験することが大切なのだ。試練である。若者には試練が必要なのだ。ゆとりの教育など、愚民政策そのものであり、国民が競争意欲を失った国は滅亡するしかない。今日の教育制度は亡国の策である。誰が決めたのだ。どのような勢力がこの国の教育を駄目にしているのか。許せない。私は断固、そのような勢力と戦う覚悟だ。不幸にして、推薦制度を利用して進学してしまった若者たちよ。今からでも遅くはない。試練を求めよ。自らに鞭打ち、自らを鍛えよ。人生を生き抜く力もそこから生まれてくるのだ。若者に迎合し、機嫌を取ろうとするような輩を軽蔑せよ。己に試練を与える大人にこそ感謝せよ。

5月17日(月)

ある会社のアメリカ支社で働いている教え子からメールが届いた。今月の末には日本へ帰ってくると言う。6月からは日本での勤務になるとのことであった。彼女はこの館長にとっては、自慢の塾生の一人である。2年間の在米でどのように成長したか、今から再会が楽しみである。彼女は中学時代に通塾し、大学時代は講師として館長を助けてくれた。中高大とバドミントン部で活躍し、全国大会まで出場を果たした。まさに文武両道の塾生であった。バドミントンと館長の柔道とは違うが、人間修行に変わりはない。彼女の無事な帰国を待つとともに、彼女の一層の活躍を祈りたい。

5月16日(日)

今日は春季柔道大会だった。我が門生を引き連れて参加する。私は審判員として動かなければならないので、ビデオカメラは妻の仕事である。成績はともかく我が門生は闘志あふれる気持ちの良い試合であった。全員が積極的に技をかけていき、負けた者も技をかけたが返された形が多かった。負けてもこれならまだ許せる。礼法も我が門生は皆しっかりとやっていた。残念ながら、今回はメダルを獲得することはできなかったが、毎日練習している柔道部の連中に混じっての大会なので、良しとしたい。大切なことは武道の精神である。これについては、毎度のことながら、他の道場や柔道部の選手を見ていて、どうしても言わざるを得ないことがある。一つは、あまりにも礼法がなっていないことである。全員とは言わないが、ほとんどの者は失格と言っても良い。戦後の間違った教育の結果でもあり、さらには、戦後のこの国の有り様がそうさせてしまったのだろう。情けない次第だ。なんとかこの国を本然の姿に戻さなければいけないと思う。二つ目は、試合の仕方があまりにもずる賢いことである。小中学生の時代は自分が習った技で正しく堂々と勝負すべきで、ポイントを稼げば良いのだ式の柔道は誠に見苦しいものがある。確かに勝負は勝負である。勝つことは絶対に大事なことである。参加すれば良いなどと、お決まりのきれいごとを言うつもりはない。しかし、である。青少年の柔道は教育でもあるのだ。嘉納師範も柔道創設の折り、柔道の本分は教育に有りと述べている。正々堂々たる精神を教育しなければならないのだ。勝つことは大切だが、勝てば良いでは困るのである。自戒の気持ちを込めて指導者たちの反省を促したい。

5月14日(金)

今日は柔道五段の昇段審査の最終審査があった。会場は講道館6階の柔道場である。居並ぶ審査員の前で、極の形(きめのかた)20本を行う。さすがに緊張した。全部で10分ぐらいの短い時間なのだが、1時間ぐらいに感じた。汗もぐっしょりかいた。途中で審査員から注意を受けてやり直しをさせられる組もあったが、われわれの組は一度も注意を受けることもなく、無事終了した。五段の審査を受けたものは、二人ずつの4組、8名だった。全員の合格を祈りたい。私と組んだ相手は、お互いに二段や三段の頃、何回か試合をしたことがある、接骨院の先生だった。今回の昇段審査で偶然何年ぶりかで再会した訳で、審査終了後、当時の思い出話に花が咲いた。審査の結果は一週間後に判明する。ここ数年にわたる4段の部での試合の実績も規定を上回っているし、今回の形(かた)も自信がある。まず問題ないと思うが、しかし、ここは謙虚に反省しつつ、発表を待つとしよう。とにかく、心身共に疲れた一日だった。

5月13日(木)

今週から学校ごとに中間対策に入っている。学校によって、日程や範囲が違うのが、毎度のことだが、悩みの種だ。完全個別クラスは初めから個別だから、何の問題もないのだが、一般クラスだと、いくら少人数とはいえ、2校以上から来ていれば、当然、この期間だけは、どうしても学校別に指導しなければならない。同じ日程ならそれ程の問題はないのだが、一週間以上も日程がずれていると、早く終わった学校の生徒に対しては、個別の復習指導などを用意することになる。塾だからあたりまえのことで、いまさら問題にするのもおかしいのだが、この期間は何となく授業というか、学校の試験に振り回されている感じがして、面白くない。いや、もともと学校の補完として存在しているのだから、それでよいではないか、と考えないではないが、塾ならではの存在意義を求めようとすると、このままではいけない、と思うのだ。では、どうすべきか。あらためて考えてみよう。

5月12日(水)

月曜と水曜の二回にわたって柔道五段昇段のために極の形(きめのかた)の特訓を講道館で受ける。様々な形で攻撃してくる相手を一瞬にしてさばき、倒さなければならない。組み付いてくる時、殴り掛かってくる時、さらには短刀でついてくる時、切りかかってくる時、また大刀をもって真っ向から切りかかってくる時など、すべてが実戦を想定しての技である。時に投げ飛ばし、時に一瞬にして相手の肘関節を折らなければならない。当て身技もある。相手の急所を効果的に攻撃し、一瞬にして敵を気絶させるか、死に至らしめねばならない。「今のは何だ。それでは敵にとっくに殺されているぞ。」「そんな腰つきで人が切れるのか、刺せるのか。」「そんな蹴りで敵の膝関節をぶち折れるか。」「それでは肘関節ははずれないぞ、こうするのだ。」「どこに当て身をしているのだ、角度も場所もずれている、それでは敵を倒せない、殺せないぞ、一瞬にして決めなければ、お前が殺されるのだ、わかったか。」「甘い、甘い。それで首を絞めているつもりか。頚動脈を切断するつもりで一瞬のうちに絞め落すのだ。」「何だ、その投げは。何年柔道やっているんだ。これは試合でもなければ、スポーツでもない。真剣勝負の形だ。投げ殺すつもりでたたきつけろ。釣り手も引き手もまだ甘い。」「日本人の武道家なら、柔道家であっても日本刀の扱い方は身につけていなければならない。鑑賞の仕方ではない。実戦での切り方、使い方だ。そこ、何をしてる!それではお前自身の足を切ってしまうぞ。馬鹿者。そのくらいのこともわからんのか。」「礼はしっかりとしろ。礼の心を忘れるな。」これは、講道館の師範の先生方のお言葉である。ともかく何回も何回もやらされ、徹底的にしごかれた。しかし、館長の心はさわやかだった。武道の心が、武人の魂が、講道館には健在だったのだ。

5月11日(火)

日曜から月曜にかけて、所属している塾団体の一泊理事研修に参加した。私はこの団体の役員なので簡単には休めない立場である。団体は学習塾全国連合協議会、略して塾全協という。一応全国組織となっており、東日本と西日本の二つのブロックに分かれている。東日本ブロックの広報局担当常任理事というのが私の役職である。任意団体のため、直接の監督省庁はなく、自由にものが言えるところが私にとっては魅力である。また、全国組織のため普段は交流のない地方の塾人ともいろいろ情報交換や友人を作れる機会があるのも楽しみの一つだ。塾全協における私の活動もこれから館長日誌を通じてお知らせしていきたいと思う。

5月7日(金)

連休明けの仕事は辛い。仕事が山積している上に、元の調子に戻るのに時間がかかる。昨日は夜中の3時まで事務所を出られなかった。ここ2,3日は半徹夜を覚悟しなければならない。所属している塾団体の研修会の案内がきた。「これから先、塾はどうなるのだろうか」というテーマで行なわれるという。深刻なテーマだ。もしかするとこの業界は衰滅するかもしれない。いや、その前に日本が滅びるだろう。日本という国の為政者たちが愚民政策を続け、国際化社会という激烈な競争社会への対応を怠っていれば、この国は確かに滅びるだろう。教育は国の基盤である。愚民教育を止めない限り、日本は衰亡し、先進国からは転落し、自立することなど全くの夢物語となり、アメリカの属国のまま歴史の中に埋没していくだろう。塾の未来はこの国の未来でもあるのだ。

5月6日(木)

今日から館長日誌を再開する。1日(土)は山の用意やらで多忙を極めた。今回の連休は夏合宿の下見を兼ねていたので、誠に盛りだくさんであった。渓谷歩きあり、山登りあり、博物館や美術館の見学ありで目が回りそうだった。天気は前半はよく、後半は悪かった。しかし、予定通りの下見ができて満足だった。これからは、春のハイキングの計画や、夏期講習会、夏合宿、サマーキャンプ、さらには柔道合宿などの準備で忙しくなる。北辰館スクール岳友会の登山合宿もある。また、家族で行く夏山登山の計画も練らなければならない。本当に体がいくつあっても足りないくらいだ。館長のクローンがいたら便利だな、などと思ってしまう。さあ、仕事だ。

バー

HOME   BACK   e−mail